女性は「産み道具」という日本独特の定義
- 井上靜

- 2021年9月30日
- 読了時間: 2分
日本には「産み道具」という言葉がある。
これは主に武家によって定義された認識で、女性を人間ではなく子供を作る道具と考える発想である。だから「産まず女」と言われる子供を産めない女性は役立たずだから御家にとっては存在意義が無いということで、いくら当の夫婦が愛し合い一緒に暮らして幸せでも、子孫が出来ないならお払い箱になる。
これは戦後になって明確に否定されたはずだった。
しかし、婚姻は両性の合意のみによって成立するとか、個人を尊重して男女は平等であるとか、そういう封建制を否定した憲法は悪いと言う人が自民党によくいる。これを公言していたうちの一人が安倍晋三であり、そんな憲法を何十年も有難がってきたのは異常だとテレビで言い放った。
だから安倍晋三は、他所で立候補しても当選できない杉田水脈を自民党の力で議員にした。
その安倍晋三の期待にちゃんと応えた杉田水脈議員は、性的少数者を甘やかしていて度が過ぎると月刊誌上で発言したうえ、子供が出来ない夫婦は「生産性が無い」から社会的に存在意義を認められないと切り捨てた。
それなのに、安倍晋三は称賛しなかった。それどころか自分もその杉田水脈議員の発言により「傷ついた」と言った。

「死ね」に見える。例の話題になったブログは、このパロディ。
なぜなら昭恵夫人が不妊治療しても子供が出来なくて残念な思いをしていたから。
自分たち夫妻も「生産性が無い」ので失格ということになってしまう。
それはおかしい。子供を産めない女でも好きなら一緒にいて幸せになればいいと規定した憲法なんて、そんなのを有難がるのはとんでもないと言ったわけだから、そんな昭恵のような「産まず女」に、晋三は「三行半」を突き付けて離縁するべきだったはずだ。
そんな自分のことは棚に上げる安倍晋三と違うのが医学界である。
過日、妊娠したけれど相手からの連絡が途絶えたという未婚女性が、男性の同意がないと中絶できないと医療機関から拒否され、公園のトイレで産気づいて出産し遺棄したため逮捕されたと報じられた。
そもそも、出産には命を失うリスクがあるのだから、命のかかっている者に決定権がある。それを男性の同意が必要というのは、女性を「産み道具」と呼んでその意味の通りに定義した扱いをしているからである。そんな非人道的な対応せずとも法的に柔軟な対処はできたと指摘されているが、しかし医学界は入試でさえ女性の点数を操作するほどの男尊女卑だから、封建時代と同じ発想でいたのではないだろうか。



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