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夫婦別姓の支持が圧倒的多数とならない事情

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年6月26日
  • 読了時間: 3分

 夫婦別姓の婚姻届けを受理されなかったことに憲法違反であると申立がされていたことについて、最高裁判所は同姓の強制を規定した民法は合憲とした。

 これで2015年の判決が維持された。最高裁判事の中には違憲とする意見もあったが少数派であり、ただ合憲とした意見にも夫婦別姓で不便などの問題があることは事実としたうえ対応する立法措置をするべきと指摘があった。

 ただ、個人の自由をゆえなく制限している問題に、相変わらずシカトの最高裁である。まるで存在意義が無い。



 そもそも姓なんて無くてもいいものだから、どうしても名乗りたい人だけ持っていればいいのだけれど、家族を統制の道具にするため戸籍制度があるので、だから少しでも余計に強制性が求められて、それゆえ個人の自由は認めないという政治的な要請があるわけだし、それに追従する司法というのが現実だろう。


 かつて民主党政権の時、夫婦別姓は国会で議論しようということだったが、自民党から喧嘩して出て政権に協力していた亀井静香議員らが猛反対し、協力を中止すると脅して強硬に妨害した。

 その後、亀井は夫婦別姓になると国民を家に縛り付けて統制することが出来なくなると主張し、それを正当化するため「日本人は全員、天皇の子」と言った。これはとんでもない不敬な発言である。自分を正当化するため天皇を引き合いに出す行為は戦前でも許されないことで、しかし許されないことを勝手にやる者が軍部にいたから無謀な戦争になり、その反省から戦後は尚更いけないこととされている。それが亀井静香には解っていないし、それ以前に勝手な利用とは図々しい。


 しかし、こうした封建主義者やファシストが反発することだけが、夫婦別姓が実現しない事情ではない。

 なぜなら、意外と女性が支持しないからだ、支持が圧倒的多数なら政治も無視はできないが、そうではない。姓が変わることで結婚したと実感して幸福な気分になると本気で言っている女性も皆無ではないだろうが、それより姓が変わることで実家の両親とウザイ親戚どもの干渉から自由になったと解放感を覚えたのが本音だと言う女性の話をよく聞くし、だから男性が希望して変える場合もあるけれど、それだと自分が自由になれないと言って女性が拒否するから、男性が結婚して姓を変えることは婿養子でもなければ圧倒的少数である。


 だいたい、夫婦別姓を希望する人たちは、まず仕事や社会生活に不便だからで、あと「嫁いだ」先に姓も合わせて従属物か所有物のようになってしまう息苦しさを覚える場合があるからだ。

 そういうことでなければ、結婚して姓が変わり親から距離をおいていたほうが楽でいい。で、親が歳とって病気になっても介護しない。家に残してきた兄弟がやるべき。結婚した相手の親は、結婚相手が介護すべきで自分はやりません。という調子で通用することが多いから、こういう人たちにとって夫婦別姓なんて不都合なのだ。だから夫婦別姓は圧倒的多数の支持を受けられないのだ。

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