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  • 執筆者の写真井上靜

在日が帰化してもしなくても差別は同じ

 先日、ある在日外国人が言っていた。

 日本にいるのだから帰化すればいいのに何でしないかと罵られ、日本国籍を取得人したら本名をネットに曝されて、日本人になりすまして日本社会に寄生する「不逞鮮人」と罵られる。

 だからその人は日本人にならず、日本人になりすますこともせず「不逞鮮人」と罵られることを選んだそうだ。


 これで新井将敬を思い出した。

 彼は在日韓国人で、東大に入り、帰化し、霞が関の官僚さらに自民党の国会議員になるが、同じ選挙区の石原慎太郎の事務所から邪魔にされポスターに「北朝鮮から帰化」のシールを貼られる嫌がらせをうけた。

 最後は経済スキャンダルで逮捕されそうになり自殺する。



 最初、新井将敬は医師志望だった。

 ところが京大医学部を受験したが不合格で、自己採点では自信があったから、通っていた北野高校(関西では受験校として有名)の先生に、在日だから落とされたと言い嘆いたそうだ。東大の先生や学生はよく言う。京大は癖がある。京大事件で進歩的な感じだけど関西らしく差別する、と。

 それで一浪して関西ではなく東京にある大学を受験する。慶大医学部に合格するが東大にも受かったので東大の方に入り医師はやめて霞が関の高級官僚の道へ。さらに政界入り。


 ロック歌手になりたいと言ったこともあった。

 政治家でなければ何になりたいかと質問されたとき答えていた。彼は目立ちがり屋で街頭演説しているのを見た人たちからナルシステックだったと言われていた。そしてテレビに出るもの好きで、スタンドプレー的な発言が多いと自民党から注意されて対立し、離党するが新党に入っても続かないなど落着き先が定まらなかった。



 新井将敬は優しい人柄だったと言う人もいる。

 鼻っ面の強い印象だが、官僚だったときは出入りする清掃会社の従業員にも親切で、ある日その清掃員のおばちゃんがウッカリ花瓶を倒して大事な書面が水浸しで台無しになってしまったさい、平謝りするおばちゃんに新井将敬は「気にしないで。俺でよかったよ。作り直して間に合わせられるさ」と言って、ほんとうは怒鳴りたいのを我慢し大急ぎで懸命に作り直しそうだ。だから選挙に出るというとき清掃作業員たちが少ない給料からカンパをした。

 やはり差別で苦労したから弱者に思いやりがあったと言われた。


 それで弱者の味方の政治家になればよかった。

 しかし政権与党だからと自民党に入り、統一協会の支援も受けて当選した。現実は厳しいから綺麗ごとなど言っていられないということか、差別を克服しようとして上昇志向が強くなったということか。

 これは出自で苦労した者にとっては考えさせられる話である。


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