ヒットラーの子孫とヒロヒトの子孫
- 井上靜

- 6月26日
- 読了時間: 4分
更新日:7月4日
『ブラジルから来た少年』という小説がある。
これは『ローズマリーの赤ちゃん』のアイラレヴィンが、そのあと10年後に発表して話題なったものだ。それまで短編小説を発表するだけだったので「一発屋」と思われていたけれど、そうしたら次の小説を発表して凄く面白いと話題になり映画化もされた。
その内容は、『ローズマリーの赤ちゃん』と同じく狂信者たちの邪悪な意図から産まれた子供という話で、それがオカルトからSFになったというものだ。ついでに言うと『ローズマリーの赤ちゃん』は映画化が好評だったけれど、小説の方が圧倒的に面白い。
『ブラジルから来た少年』は、ナチの残党の謀略と、それを阻止しようとする老人の話だ。
ナチ残党たちによる不可解な連続殺人事件があり、殺された男たちに何のつながりもなかった。ただ、妻が二十歳年下で息子が十二歳という、同じ家族構成だった。そして息子たちは一卵性双生児のようにソックリな顔をしていて、実はみんな養子で、ブラジルの産院から欧米へ養子に出されていて、その産院でそっくりな子供を生んだ女性たちは全員が金で雇われた代理母だった、ということが判明する。そうなると考えられるのは、人工授精による受精卵の遺伝子を除去し、そこへ血液から取り出した遺伝子を移植して同じ子供たちを作ったということ。つまりクローン人間である。
そして、人格形成も同じにするため同じ家庭環境で育つように養子に出した。そして十二歳になったら父親を殺したのだ。つまり、公務員で堅物の父親は息子の勉強にうるさくて、勉強ばかりでは子供が可哀想だと妻は言うけれど、年上の夫は亭主関白で妻の言うことなど聞かなかった。ところが息子が十二歳になったとき父親が急死する。それで同じ条件にするため養父を殺害したのだ。
こうすることで、父親の死によりガリ勉から解放された息子は画家を志望するが、描いた絵が認められず、そのうち縁あって政治に関与するようになり、ついにドイツの総統になる、という人と同じ人間を大量生産する計画だった。
この計画を知ったユダヤ人の老人は、その中心になっている医師を追跡する。その医師とは、あのヨゼフメンゲレ博士だった。
ヨゼフメンゲレは、731部隊の石井四郎とともに、人体実験で悪名高かった。
実際のメンゲレは南米に逃亡すると死ぬまで逃げ続けたが、その間に危ない研究をしているなどとSFのネタに何度もされていた。日本のSF特撮もの『マイティジャック』にも登場し、密かに日本に来ると美容外科で金儲けしていた。日本の女性に、手術で鼻を白人のように高くしてやるということで。もともと美容外科と人種差別は縁があるものだ。
そのメンゲレをネタにした代表的なSFが『ブラジルから来た少年』だったが、ヒットラーのクローン人間を作っていたことに辿り着くまでの謎解きの経過が実に面白い。そして、そんなことをしてもナチスの復興に役立つとは思えない、時代状況を考慮していない、という当然の指摘がナチス残党たちの間から上がりメンゲレと対立する。
ナチの残党を追及するユダヤ人の老人は、あのサイモンウイーゼンタールがモデルである。
ここで彼は、ナチの収容所で妻子を失っているから執念の追跡をしているけれど、そのナチ残党狩りは復讐のためではなく、裁判にかけるためであり、なぜなら戦争や差別を無くすることが真に犠牲者たちへの追悼になると考えているからだ。
ところが、ユダヤ人団体の過激派は、彼が入手した養子縁組先のリストを渡せと迫る。危険な芽は摘んでおくべきだから、その子供たちを殺すと言う。それではナチスと同じ発想である。だから主人公はリストを渡せと迫られても拒絶して燃やしてしまう。

このユダヤ人団体の過激派と同じ発想は日本にもある。
先代の天皇が皇太子だった時「テニスコートの出逢い」がマスコミに流された。あれは仕組まれたものだったが、それを「皇太子成婚」と、あの当時に普及したばかりだったテレビで大々的に流した。とくに安保のことがあり、時の政府は強い批判を受けていた。そこから国民の意識を逸らそうとするプロバガンダだった。これは上手くいった。
こういうことがあったので、皇族をメディアが美化してることには要警戒だと批判したところ、右派からではなく左派から非難があった。先日もSNSであった。メディアを利用したプロバガンダの危険より、戦争で日本の中心にいたヒロヒトの血筋であることが危険だと言うのだ。それではナチスを批判してナチスと同じになっているユダヤ人過激派と同じではないか。
そういう人が日本にいて、他の指摘は一切受付ないのだ。これは小説や映画ではない現実である。



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