かつて同人誌に発表された小説のことだ。
もう昔のことである。ある成金の社長が道楽で小説を書いていたが、忙しいから自分で書かずに口答で内容を告げて代筆のバイトを雇っていた。それに協力したが、没となったのだ。
そして別の人が、社長の期待に沿った内容で描き、掲載された。
ここで問題なのは作者の願望の発露だった。
フィクションの登場人物は創造されたキャラクターだから何でもよいが、ここで成金社長としては大金持ちのお嬢様だけど庶民的な服装をしていて高級ブランド品など欲しがらないという話であるから、なんとも成金の発想であった。
そして、後に読んだ女性で実家は富裕という人が言った。高級ブランド品を欲しがらないのは持っていて当たり前だから。そもそも高級とも思ってない。
こういう指摘は、書く前から出ていた。
ところが、成金の社長には理解不能であった。だから注文に対して素直に応じたものが採用されたのだった。
また、お嬢様だから趣味はピアノとバイオリンというステレオタイプの注文だった。その注文に従い書いた人は、バッハの曲を練習しているという場面を描いていたが、漠然とした描写だったから彼は音楽に関心が無いのが丸判りだった。
しかし、そういうイメージに社長は拘った。それでいて彼女の行動が違うということにしたかったのだ。このうえで自立を求めて苦悩・苦闘する女の子という物語。
では、こちらの没になった案は、どうだったのか。
彼女は小さいころからピアノとバイオリンを習っていたが飽き足らず、仲間を集めてロックバンドを始めて、歌は上手だし作詞作曲も手掛けて、なにより唄う姿も様になっているから人気を博す。大学に進学したのもバンドを続けるためも同然で、新しい仲間は高校の時より楽器演奏でハイレベルな人たちが集められて満足だった。
それで聴きに来る人たちは殆どが彼女の歌または姿が目当てだった。彼女がいないと誰も客など来ないだろう。それで仲間たちは彼女のお山の大将に従っている。ただ、いかにもクラシックやってきたような理論の通りの作曲と、粋がっていても育ちの良さが出ている歌詞に、仲間は違和感を覚えることもあった。これを糊塗しようと彼女は服その他の身につける物で、それらしく装っていた。
そんなある日、ライブハウスで他のバンドのヤンキーに言い寄られ、なれなれしく顔に触られたうえ顔を近づけてきたので、激怒した彼女はそいつを思いっきり殴る。女の子の力では大した威力ではないが、ステージ用に付けていた棘棘しい金具の付いたグローブとリストバンドを利用して裏拳ではたき、顔面から血を流して怯んだ男をさらに硬い金属の部分で正拳突きしたから、男はうずくまって歯が欠けたと悲鳴をあげる。
これで思い知ったかと彼女は去るが、そこで「女の子が人を殴るなんて駄目ね」と自嘲して言い、続けて泣き出しながら「女って損ね」と呟くのだった。
結局は暴力描写で魅せるのかと言う人もいた。
でも、アクションではなくテーマの点で、最後の台詞になるのだから、物語からして、それで良いはずだと今でも思っている。
ちなみに、これは自分の別名義で書いた小説に流用して脇役としたのだった。そして別の同人誌に掲載された。暴力描写には賛否両論だった。