いずれ宗教と刑法は廃止されるだろう
- 井上靜

- 2021年9月7日
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殺人事件の犯人が善良な人だったから人間の闇を見た、と言っている人がいた。
けれど、金目当ての殺人事件を起こして10年くらい刑務所に入った人を直接に知っているが、この人はとても良い人で、あくまで昔一度過ちを犯したに過ぎないし、色々な事情から追い込まれてのことだったから、他の事件にしても、そんな人間の闇というほど深いものがあるのかと疑問である。
また、逆に身に覚えのない犯罪により逮捕されたとか刑務所に入れられたとかで、それは偏見のためだったということが、よくある。
けれど、その偏見の原因が過激派団体に入っていたからである人は例外なく、冤罪でも構わないから豚箱にぶち込んで一生出すなと誰でも思うほど嫌な奴であるもので、これについて過去に過激派団体に入っていた人に聞いたら「ああ、もともとも党派とかセクトとか言われるところにいる人には、嫌な奴が多いからな」と言った。

だから、刑罰なんてものが社会のため本当に必要なのか疑問である。
もともと刑罰は、宗教の影響により社会に制度が作られたものだから、とっくの昔に否定されているべきものだ。そもそも「罪」というのが宗教的であるから、法で「罰」により罪を償わせるという発想に無理がある。
おそらく、いずれは刑法というもの自体が否定されるだろう。もちろん、その前に宗教が今より完全に否定されてからだろうが。



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