「政治に金がかかる」と「親に育ててもらった」
- 井上靜

- 2024年2月28日
- 読了時間: 2分
政治と金の問題について。
これは昔から言われていたことだが、これについて田中真紀子の発言が面白かった。「政治には金がかかる」と訳知り顔で言う政治評論家みたいなのがマスコミに出ているので、そのさい「あんたたちがいるからだ」と言ってやったそうだ。
つまり、そんなマスコミ人たちが、たかるからというわけだ。政治家がマスコミを買収してもいるが、その前にマスコミ人たちの方から寄って来ることもあるだろう。
これは考えてみたら当たり前である。

その訳知り顔の受け売りをする庶民もいる。
その中で、前に普通の主婦が言っていたのが忘れられない。ちょっと得意になって「政治にはお金がかかるんでしょう」と高圧的な感じだった。それだけなら、よくあることだ。
ところが、この人は他でも例えば親に虐待された話をする人に険悪な顔をして睨みつけて「でも育ててもらったんでしょう」と言っていた。
いうまでもないが、そんなことを言ってしまうのは、親子とか家庭とかの構造的な問題について無知だからだ。

だから共通点がある。
苦しむ庶民がいるのに「でも政治にはお金がかかる」と言って腐敗政治を正当化してしまうことは、親に虐待された子供の話で「でも育ててもらった」というのと同じ仕組みの発想で、物事をあまりにも単純に捉えてしまうことによる。例えば戦争などで食料が不足しているというけれど庶民は痩せこけて無いじゃないかと言うようなものである。闇で買って食べていたとか色々あるからなのは少し考えてみれば解るのに。
これが小学生か、せいぜい中学生ならともかく、大人になっても相変わらずの人はいるものだ。ただ、そう多くないだろう。
ただ、この発想をする主婦は可哀想に思えた。
おそらく、自分の子供に対しても、大した額でもないのに、また愛情が乏しいのに、金かけて育ててやったと思っているのだろう。実際に息子の態度が面白くないと、よく言っていた。そのさい自分は悪くないと言う調子だった。



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