神棚と仏壇を断捨離して幸せになろう
- 井上靜

- 23 時間前
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更新日:4 時間前
「断捨離」とか「捨て活」とか言うのが流行っている。
周囲を取り囲む持ち物は必要最小限という「ミニマリスト」というのも居て、インフルエンサーの一種として発信している。こうなるわけの一つは、かつて昭和時代といわれる時期に、自宅に物がぎゅうぎゅう詰めが当たり前で、なんでもいいから物を持っているのが不安を紛らわせる、という価値観が幅を効かせていたから、このことに対するアンチテーゼである。
ただ、あの当時でも、豊かな家は整然としていて、貧しい家は乱雑というのが、よくあったことだった。それは高収入の人ほど広い家だから片付いていて低所得者は家が狭いから片付かない、と思われがちだったけれど、そうではなく貧乏症の人は無用な物を抱え込むだけだということが昔から指摘され言われていた。
このことはテレビのドラマやアニメにも描かれていた。
これは70年代あたりからだ。ここで例えば主人公の母親が、空き瓶でも何でもかんでも全く具体性が無い目的でとっておくから、無用なガラクタが自宅内に溜まってしまい、それで小学生の主人公が母親に、用もないものは邪魔になるだけだと注意しても、母親は「でも、もしかしたらいつか使うかもしれない」と言って仕舞い込むから、使いもしない物で戸棚そのほか収納の場が無駄になったまま、という話があって、これをテレビを見た人たちは実際によくあることだと言って笑っていたものだ。そういう「いつか使える」の「いつか」は永遠に来ないと言われている。
また、この他にも現実として、今は知らないが昔は、よく、壊れたりで使えなくなったから捨てると、それを母親がゴミ箱から摘み出して「まだ使える」と子供に押し付け、では何にどう使うのかと訊いても回答がなく、まだ使える気がなんとなくするということでしかない、ということがよくあったのだ。これは貧乏性であることや、物を大切にする気はあってもどうするのか工夫などをする知恵がさっぱり無いという滑稽なことだった。

余計なものを処分すれは運気が上がるとも言う。
それは精神的な影響だが、オカルト的に言いたがる人もいる。それで、よく風水を引き合いに出したりするわけだ。
ところが、無用な物や気に入らない物は勿体ないと言わず処分するべきで、そうすれば気分がさっぱりするだけでなく運気が良くなると言っている人達がいるけど、その最たる神棚と仏壇を捨ててしまえば幸せになれるという明々白々な事実を説く人が見当たらない。何年も放置した札などを神社で「お炊き上げ」してもらい気持ちにメリハリをつけろとは言う人ならいるが。
そもそも神棚と仏壇そのものが無意味で無駄なのに、おそらく狂信者の反発を恐れているのだろう。神棚と仏壇なんて捨ててしまえば幸せになれるし、お焚き上げも塩で浄める必要も一切なく、ただのゴミとして捨てればいいだけのことであるから実に簡単だ。守るべきは各自治体で決められた分別だけだ。ガラクタを「いつか使える」と抱えこんでも「いつかは」は永遠に来ないのと同じで、ご利益なんて無い。過去に在ったことが全く無いのだから、今後も未来永劫無い。木の箱に呪文みたいな字を書いた木片を入れて、それに向かって手を合わせると良いことがあるなら楽でいい。世界から戦争も貧困も無くなる。でも、そんなこと無い。 また、どんなに神棚と仏壇を粗末にしようとバチが当たることだけは絶対にない。当たり前である、神も仏も存在しないのだから。もしも神仏が実在し、悪いことした人に罰を与えるとしたら、空っぽの木の箱に神仏が入っているという詐欺で金儲けしている人たちに対してだろう。
神や仏が存在すると言っている人たちは、それを商売にして嘘ついている。
もしも本気なら、ただの妄想である。そんな人は絶対に統合失調症である。このことはとっくに証明されている。どんな宗教でも、ほんとうの信仰心とは宗教の基礎となっている思想と哲学であり、売っている商品は全く関係ない。あとは思想と哲学から発生した歴史的な芸術品に価値があるだけで、その貧弱な贋作が神社仏閣で販売されている下らない土産物の商品なのである。
そして最悪の金儲けが神棚と仏壇であり、統一協会が売る呪いの壺と同じである。買うだけ金の無駄であり、そんなものを持っているのはナンセンスであるだけでなく精神に対して損害である。家賃や固定資産税のため住居の空間は有料であり、それをガラクタ置き場と化し無駄にしたうえ美観まで損ね、権力と癒着した宗教が支配に利用するため産土神やら檀家やらに囲い込み奴隷根性を植え付けて人の健全な精神を蝕むための道具が神棚と仏壇である。
こんな汚らわしい物に拘泥するのは、まず暴力団である。
それ以外の人も田舎の会社経営者などなんらかの形でヤクザな人たちである。警察署にも神棚があるけれど、これは警察が桜の代紋を掲げた全国最大の組織であるからで、だから政教分離原則違反を平気でしているし、腐敗堕落の巣窟なのが実態だ。
そうした品性下劣な人たちと違う自分は、くだらない形式にこだわらず、信仰心なら内に秘めたうえで実践するのだと肝に銘じれば、精神が浄められることだけは確かである。もしも神仏が存在したら、神棚と仏壇は止せ、そんなもの信仰とは関係ない、信仰を装うだけのものだ、と言うだろう。言わないのは神も仏も存在しないからだ。だから断捨離するなら真っ先に神棚と仏壇を捨てなさい。それも自治体の分別に従い只のゴミとして。



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