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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月10日
  • 読了時間: 2分

 石破首相が国会図書館に行って一時間くらい籠った。

 会食ばかりしている首相に比べたら仕事熱心かつ知的と言われたが、国会図書館というくらいだから国会議員が調べものをしたいと言えば司書が書物を集めてくれる。それでも自分で本を探す過程で有意義なことがあるし、それは楽しいことだ。



 石破首相は図書館で知り合った女性と結婚している。

 もともと読書には熱心だったが、それが馴初めというのだから夫婦そろって勉強家である。ただし夫婦そろって着付けは駄目である。礼装したさいどちらも酷かった。「だらし内閣」といわれてしまったように石破首相は記念撮影のさい着こなしがなってなかったけれど、奥さんは皇室の人に会うからと和装をしたさい女性たちから「自信がないなら着付けの人に頼めばいいのに」と言われていた。

 そいういう身だしなみの本は夫婦そろって読んでなかったようだ。


 それはともかく、本を見つける楽しみは知っている石破首相だった。

 やはり過程に意味があるのだ。これは端末で検索するのと違う。図書館と同じく書店でも端末で検索するようになっている。かつては書店の主が本に詳しくて客はありがたく教えてもらったものだったが、書店員は本に詳しくない人ばかりになって久しい。

 これではみんなネットで買うだろう。


 ところで、このサイトの上部からホームページに行くと拙書の紹介がある。

 出版社に直接の注文をすると問屋の取り分が無いから出版社は喜ぶけれど、出版社の人が言うには注文が来るほとんどがAmazonだそうだ。便利だから当然のことだけど、それでAmazonは出版社に対して結構な横柄さである。

 

 

 
 
 

更新日:2025年4月9日

 元弁護士の山添拓議員が国会で追及していた。

 かつて治安維持法に基づいて弾圧された人に対して、政府は今も居直っていることを。正式に成立した法律に基いて適法に処刑されたのだから国は悪くないと言い続けるのは非人道的であると。

 これはドイツも同じだ。ナチス政権下での弾圧は適法に行われたというのが公式見解である。



 このことは『白バラ』の映画にあった。

 ナチス政権下で政府を批判するビラを配布した大学生グループを全員死刑にした事実を映画化したドイツ映画『白バラは死なず』の最後で。この見解が批判的に引用されていた。

 この映画でも、後に発見された資料も考証に加えて再映画化された『白バラの祈り』でも、裁判官の異常な対応が描かれている。いくら適法でも、法律が悪いとしても、裁判官が政権に媚びず公正であれば、あそこまで酷いことにはならない。


 イーロンマスクが、悪い評価の裁判官を毎年1%解雇すべきと主張した。

 この評価とは、どのようにするべきかで問題になる。だいたい、デタラメな訴訟指揮と判決ばかり繰り返している裁判は、そうすることによって権力に媚びているのだから、これをいくら評判が悪くても解雇することは難しい。

 逆に、喩えばジョングリシャムの『ペリカン文書』のように、環境破壊で大儲けを企む企業及びそのお零れに預かりたい田舎者たちが、開発差し止め請求訴訟で邪魔になる裁判官を排除したい、というようなことが起きるだろう。

 しかし客観的に評価できることはあるので、これを公正に行えば、悪い裁判官を追放することは可能だ。


 東京高裁の三角比呂裁判官など代表的だ。

 法廷で平然と嘘をつく、訴訟の内容と判決の内容が全然違っている、いちいち荒唐無稽や支離滅裂である、などなど。これに裁判の当時者はもちろん、普段は裁判官の批判は控えている弁護士まで、三角比呂は無茶苦茶なことを平気でやらかしていると言っているほどだ。

 こうすることで順調に昇進している裁判官が司法を牛耳っているから、検察官は捏造で冤罪を作ってばかりいるし、どうせ無駄だとやる気を無くしている弁護士ばかりになる。そして真面目な人は法曹を志望しなくなり、優秀な人材が集まらず、日本の司法は無能な人ばかりと何十年も前から言われてきたのだ。

 

 だからイーロンマスクの言う通り三角比呂裁判官を解雇すべきである。 

 


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月8日
  • 読了時間: 2分

 学術会議に官邸が介入した事実が明らかになった。

 これは前に言われてきたことが更に具体的に報道じられたのだ。それによると、意に添わなそうな六名を排除するよう働きかけたという。安倍内閣から露骨になったということだ。そもそも学術会議は、戦争への反省から発足したものだった。

 これを否定する意図だった。


 かつて中曾根内閣の時。

 中曾根康弘首相は、自分の意に沿わない報道に対して反論するのではなく、また純粋に自分の意見として言うのではなく「偏向していると学者が言ってきたから同感だと言った」と談話した。

 どうせ、当時のことだから、「学者」といっても統一協会と癒着していることで首相と同類項の渡部昇一上智大学教授あたりだろうと言われていた。テレビでも同席していた。


 これに朝日新聞の筑紫哲也記者が反論した。

 かつて無謀な戦争を起こして国が破滅的な惨禍となったが、なんでこんなことになったのか。それは、そんな戦争が正しいと強弁したからで、この時も学者が動員された。

 これは、かなり勇気の要る反論であった。そして痛快であると称賛された。

 ところが週刊文春が中曾根内閣側に立って朝日新聞と筑紫哲也を攻撃した。ここで起用されたのは、先日死んだ元サンケイ新聞の御用マスコミ人でフジサンケイに飼われていた俵孝太郎であった。この反論は別の関係ないことを持ち出して筑紫哲也を非難するという幼稚なものだったから、呆れたという記事が別の雑誌に掲載されていた。

 すると文春がやってきたことを、文春がやられるようになった。



 今では古市憲寿という人が週刊文春を攻撃している。

 このタレント学者というより学者ふうタレントは「週刊文春は廃刊すべき」と、御用の立場から言っている。85年産まれと言っているので、ちょうど中曾根内閣の時である。物事がついてないに決まっている。だから御用の連中がテレビで醜態さらしていることに実感がない。それで恥を恥とも思わない言動なのだ。


 今では「文春砲」といわれるスクープを売りにしている。

 かつては時の権力に媚びる商売をしていて、中曾根内閣の当時は例の渡部昇一上智大学教授を盛んに起用していたのに。それも渡部が統一協会との密接な関係を隠さなくなったので、文春としては距離を置いたようだった。

 なんとも滑稽な輪廻である。

 
 
 
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