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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年5月6日
  • 読了時間: 2分

 交通信号機の無い横断歩道では歩行者優先。

 なので、自動車は歩行者が渡ろうとしていたら停止する義務がある。横断歩道がある道路は、横断歩道ではない所で横断しては危険なので渡ってはいけない。それで、渡っていい所である横断歩道では歩行者優先で自動車は停止しなければならない。

 それなのに、歩行者が自動車に対してお先にどうぞとやったからと停止しなかったら、どうなるか。これは実際に、警官に見とがめられて違反金を払うはめになった運転手がいる。いくらその歩行者が譲っても他の歩行者がいたら危険だから。



 それなのに、小学生に対して間違った指導をする教師がいる。

 自動車が止まってくれたので、お辞儀をして渡れと言う。これは問題になっていた。運転手の義務なのに善意であるかのように言うのは、子供に間違った認識を植え付けるものだからだ。信号機の無い横断歩道で歩行者が渡ろうとしていたら自動車が停止しないといけないのは、赤信号で停止するのと同じことである。赤信号で停止した自動車にお辞儀はしない。

 自動車と自動車なら、譲ってもらった方が会釈をする。これは自動車の教習所でも指導していることである。法規ではないがマナーとして当たり前だから。そういうのとは全然ちがう。


 子供にお辞儀をさせるのは危険という指摘もある。

 実際に運転手が危険を目撃したと言って新聞に投書して掲載された。他の自動車が来たことに、お辞儀をしていたので視線が逸れて気づくのが遅れた。来た自動車の運転手が気づいて停止したから良かったけれど、もしも小さい子供だから気づかなかったら。子供の方もお辞儀で気づかなくて、双方とも気づかないことが重なってしまったら。こうなると最悪の事態もあり得る。

 なにより子供の交通安全が第一のはずである。それなのに、法規の見地からしても変なことを礼儀と言って指導するなんて、とんでもないことだ。


 これは教師の無知と独りよがりが原因である。

 法律的にも道徳的にも存在して無いことを、ただの思いつきで、子供に礼儀と称して押し付けることで自分が立派な指導をしているという自己満足に浸るから変なことになるし、たいへんな危険に子供をさらすことになってしまうのだ。

 こういう無知と独りよがりに基づく発想で勝手な指導をする教師は昔からいっぱいいたけれど、それが今も相変わらずということだ。

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年5月5日
  • 読了時間: 2分

 日本の報道自由度が66位だった。

 G7で最低なのだそうだ。政府と企業が主要メディアの経営陣に圧力をかけることが常態化しているから自由度が低いという結果になった。

 しかし、これを決めているのは、パリに本部を置く「国際ジャーナリスト会議」であり、ここが発表した結果だけ報道され、この団体が何なのか、公正なのか、などがマスメディアで検証されることはない。あのインチキ人権団体アムネスティと同様に胡散臭い。



 中国が178位、北朝鮮は179位。

 行った人たちも認めている事実がある。報道の自由度が低いのは政府がメディアを規制しているからだ。

 ところが、このため欧米日本と違い、アメリカの通信社が報道と見せかけて垂れ流すプロパガンダが入って来ないうえ、規制を正当化するため反証も出しているので、むしろ国民は真実を知っている。


 報道の自由度というランキングの実質とは何か。

 要するに世論に対するCIAや、その民間下請けであるNED(全米民主主義基金)などの浸透ランキングということだ。だから見事に「報道の自由度」の上位はG7であり、上位の国々ほどロシアに対する反感が強いなど、プロパガンダの浸透と報道の自由度とが正比例している。

 この点では、日本の「報道の自由度」は高く、政府が対米隷属だからだ。


 日本の報道の自由度がG7中最低なのは政府などの圧力が常態化しているから。

 というけれど、それはあくまで無能な政治家らの自己保身など小さい悪事でしかない。国際問題では政府が対米隷属だから、アメリカのプロパガンダがストレートに流入し放題である。それで報道の自由度が中国・北朝鮮より高いということでしかない。

 これで、何が報道の自由度なのか。何を以て報道の自由度なのかということが、先ず問われるべきである。 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年5月4日
  • 読了時間: 1分

 かつて札幌医科大学の和田心臓移植が問題になった。

 初の心臓移植という「快挙」だと騒がれたが、脳死判定が不適切なうえ、部分移植でいいのに全移植し、患者は死亡。まるで実績を作るための人体実験も同然で、和田教授は殺人で告発までされた。

 札幌医科大学は「札医大」と略されるが、医学界で「殺意大」と皮肉られているほど、その体質には批判が昔から強かった。それと防衛医大病院での事件も共通していた。問題の医師は卒業生でもある。詳しくは拙書『防衛医大…』を。


 和田心臓移植を批判して札幌医科大学を辞めたと言っていた医師がいた。

 しかし、彼は、もともと文学好きで、趣味が昂じてプロになってしまったし、そもそも医師に向いてないんだから『失楽園』書いているのがちょうどいい、と言われたものだったけれど、それと同様に、医者を辞めて小説書いていたほうがいい人は他にもいる。



 医師で小説を書いている人か医学で不見識を露呈させることがある。

 その一人が、自作が人気女優の主演でテレビドラマ化されたとはしゃいでいた。それは結構なことだが、だからと医学的不見識発言が消えるわけではない。

 これ以上の発言は控えて、小説に専念するべきである。

 
 
 
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