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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年7月25日
  • 読了時間: 2分

 石破首相が辞任するという号外を読売新聞が発行した。

 これは石破首相が選挙で不振だったことから辞意を固めたというものなのに当の石破首相はそんなこと言って無かった。号外まで出しておいて違ったというのは、前に産経新聞が中国の江沢民が死去というのがあったけれど、これに続く世紀の大誤報である。

 おそらく自民党の中で石破首相を引きずり下ろしたい勢力の願望を記事にしてしまったか、あるいは故意に偽の情報を流したのだろう。



 そもそも石破首相が選挙の責任をとるのがおかしい。

 このところの選挙で自民党が振るわないのは、裏金などが問題になって顰蹙を買ったからであり、これは安倍派のレガシー(負の遺産)なのだから、その責任をとって石破首相が辞任することはないし、そんなこと不当でさえある。

 ところが、その責任のある勢力が、それを石破首相に押し付けたいということだろう。


 だから野党も石破首相が辞めて責任をとるべきではないと言っている。

 また、石破首相が辞めたら代わりに出てくるのがまた統一協会と関わる人とか、ろくでもない人になりそうだという危惧がある。

 それで高市早苗になったら、参政党が態度を擦り寄りそうで、この両者がくっついたらヤバいことになる。だから野党の側から「石破やめるな」コールが起きているのだ。


 共産党の場合は石破首相なら議論になると思っているのだろう。

 そういう指摘があるれど、おそらくそうだろう。これは不破委員長(当時)が、かつて中曾根康弘首相について、厳しく批判してはいたが、議論の相手としては手応えがあると言って評価していたのと同じことだろう。石破首相なら手応えのある議論が出来るから、それがどちらの党のためではなく民主主義のためになるということでもある。

 この点、言うまでもなく安倍首相などは話にならなかった。


 かつてマスコミは石破氏を「新世代の論客」と持ち上げた。

 なぜなら石破氏は政治や経済の本を読むのが好きだから。これを『赤旗』は持ち上げすぎだと批判していた。

 しかし今は共産党が、石破首相は安倍首相などよりマシだという態度である。意見は違っても政治や経済の本を読むのが好きな石破首相のほうが、本も読まない安倍首相より、論戦し甲斐があるということだろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年7月24日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年7月25日

 世良公則は約25万票を得て落選した。

 これについて、同じ芸能人の候補者ラサール石井が約17万票を得て当選したことと比較して、不当だと言った人たちがいる。これはネットサイトのトピックスとして掲載されていた。

 そして、そんなことを言った人たちは愚かだと呆れられた。なんで、違う選挙区を比較するのか。選挙の当落は、得票の絶対数ではない。定数と有権者数からの相対的な数字である。そんなことも解らない人がいるわけだ。



 ラサール石井は個人で17万票を得た。

 これに加えて公認した社民党として約74万票があった。これは比例代表制である。また、ラサール石井が立候補したから社民党に投票した人だって少なくないだろう。

 そして、ラサール石井は社民党が政党としての要件を維持できなくなりそうだから助けに入った、という事実もある。得票が2%以上ないと、ただの政治団体で政党ではなくなる。それだから、とにかく集票する必要があった。大椿副党首が当選できなかったが、今回の選挙は政党要件確保が最優先だったから仕方ない。そして社民党は得票率が2.05%と、なんとか政党要件確保ができた。


 大坂の選挙区で世良公則は7位だった。

 そこの定数は4だ。有権者数が多い所である。そこで25万票を得たとしても、当選には及ばない数である。

 それなりの知名度がある芸能人であっても、無所属で立候補していたから組織的な応援が無かった。それが敗因のようにマスコミから言われていたが、仮に組織的な選挙運動を展開したとしても、世良公則は当選できるほど注目されることは無かっただろう。


 世良公則はコロナ禍をきっかけに社会的な問題を意識したと言う。

 あのときエンターテイメント業界は大打撃だった。そこに身を置いていたから、世良公則は政治に関心を持ったそうだ。それなら、そのことを芸人として素直に言うべきだ。

 ところが、やっていることは専ら排外主義を煽ること。俄かな関心だけであることが丸解りである。だから当選できなくて当然のことだ。 

 
 
 

 共産党は選挙で埋没した感があるとマスコミから指摘されていた。

 これは共産党が減税や財政の政策を立てて選挙で公約していたにも関わらず、他の党も同様の政策を言い出し、しかも他党は独自性を訴えたのに対し、それが共産党に無かったので目立たなくなったというわけだ。他に比べて共産党が最も緻密な政策であったのに。

 これだから惜しいとか残念とか言われた。


 政策をとやかく言う人がいる。

 そんなこと言う人は、自分が共感できる政策に近い政党に投票すればいいだけで、共産党に限らず自分の希望と違う政策の党に言うことではない。

 だから共産党の問題は選挙の対策である。政策の中身ではなく政策を上手に訴えていないから支持が集まらない。参政党は政策が良いから支持されたのか。違う。参政党の支持者に参政党の政策についてどう思うか訊いたら、知らない人ばかりだった、という事実がある。


 参政党のポスターは顰蹙を買っていた。

 「日本を舐めるな」とか「政治はロックだ」とか、ふざけるなと言われていた。しかし、そうなるのはポスターが目について読まれたからだ。ポスターを貼っても気づかれないとか、どこの党のものだという以外サッパリ印象に残らないのでは、悪口すら言われない。何気なく通りすがった人の目に入り顰蹙を買ってもらえる程度には上手くいったポスターということだ。

 そういうことが共産党は特に少ないというか、ほとんど無い。


 昔から共産党のポスターはセンスが悪かった。

 それを知り合いの共産党所属議員に言ったことがある。富士山の写真を背景にしていたり。これでは自衛隊のイメージだと言ったら、富士総合火力演習とかではなく、富士山は日本の象徴だからだそうだ。なら天皇をポスターにするのか。やれば変な意味で受けるかもしれないが。とにかく富士山は、ただアイデアが無かったから無難に風景写真という程度のことだったはずだ。そんなポスターばかり。

 なので貼っても印象に残らない。



 共産党のポスターはデザインもレイアウトも素人臭い。

 あれは如何にも、昔の映画で花沢徳衛が演じていそうな町工場の親父みたいな人に、いつも共産党を支持してくれるから、というだけの義理と人情で発注してやり、しかも構成まで丸投げして、素人臭くて感覚も古いポスターになった、という感じがする。おそらく貼った効果など考えていないだろう。

 一方、参政党のポスターは、おかしなコピーが顰蹙を買う程度の注目を集められたし、あの構成からしてプロの仕事である。政策の中身はひどいが、イメージ宣伝にはしっかり金をかけている。その点を共産党は少し見習うべきではないか。

 
 
 
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