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​炬火 Die Fackel 

 巨人・阿部監督の辞任騒動で鈴木宗男議員。

 「逮捕する必要性があったのか。任意同行で良かったのではないか」と、逮捕の事案ではないと主張したことが報じられた。

 この鈴木宗男議員は、自分が汚職の疑いで逮捕されたことがあるからだろう。もちろん不当逮捕の疑いがあれば人権擁護の観点から問いただす必要もある。だが、この場合は立場が遥かに弱い未成年者の女子の人権が優先されて然るべきだろう。



 「お母さんになぜ相談しなかった」

 そう言って鈴木宗男議員が娘の行動に疑問を呈した。これについてバツ(エックスともいう)で一言呟いた。

 「浮気されても我慢してるようなお母さんに相談したってしょうがねえだろ」

 このようにサラッと書いた投稿なのにハートクリック数があっという間に三万となり「うちの母がそうだった」という趣旨のコメントがたくさん来た。ということは不倫や家庭内暴力の父親だけでなく忍従している母親にも子供は苦悩しているということだろう。

 それに、娘へのDVで巨人監督を辞めた人は、前に酷い不倫を繰り返し家庭内に悪影響したけれど、世間体や夫の収入のため妻は忍従していたと言われている。そんな我慢しても子供のためになるとは思えない。なぜかという実例は世の中にいっぱいある。


 俳優の唐沢寿明が自伝で述べている。

 そこで彼は、高校生の時に家出した事情を説明していた。彼の父はひどい暴力亭主だった。そして高校生の時、母が父から殴られているのを止めたら、父が怒り、すると母から出て行けと言われた。あんなに殴られてばかりいても好きだったから我慢していたのだと、その時に気づいた。だから彼は家を出たという。

 巨人監督辞めた人の妻だって、不倫や暴力でも一緒にいた。それでも好きだったり、世間体や収入のこともあったり、だったのだろう。しかし、いくら金があっても親の不仲や暴力があっては幸せではないし、不倫で金を使い子供のためには使わない人がよくいるものだ。

 だから娘はきっと相当に苦悩していたはずだ。そこが鈴木宗男議員には解ってない。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 6月2日
  • 読了時間: 2分

 あるユーチューバーが言っていた。

 彼が中学生の頃、学校の先生は「基本的人権はあるが、子どもには人権がない」と言って、殴られても文句を言えなかった。この先生は校長になった。

 それより後の世代のことだ。これは自分の中学の後輩だったが、そういう教師の自宅に行き、その教師の小さい息子たちに殴る蹴るの報復をして、お前のオヤジが学校でやっていることをしただけだから俺達は正しいことをしたと言った。

 これでその教師はノイローゼになって無断欠勤を続けたうえ退職して別の業種のサラリーマンになった。


 この高橋という男性教師は、よく生徒を殴っていた。

 なにも生徒は悪いことをしてないのに、自分の虫の居所が悪いだけで執拗に殴った。「何も悪くなくても僕が不愉快なんだ」と言った。

 そんな異常性格者は、今となっては珍しいだろう。社会が洗練されたので、そこまでひどい教師はさすがに居られなくなったから。


 ところが、これと同じ水準の政府になってしまった。

 自民党は「国旗損壊罪」法案を大筋了承し「人に著しく不快感や嫌悪感を抱かせるような方法で公然と国旗を傷つけること」を処罰の対象に、懲役か罰金に。その判断は「周囲の状況など客観的な事情を総合的に勘案」する。つまり主観的でアヤフヤで恣意的な運用をするのだ。

 これでは法律の体をなしてない。 もちろんファシストのすることだが、異常すぎて滑稽だ。



 堂々と物申しているうちはいい。

 それが憎たらしいとかウザイとか言って押さえつけると、陰湿な仕返しに発展する。それが解ってない。何か起きるはずだ。

 あの男は、人間性が歪んていて教師としては出来損ないだったけれど、結婚して子供を作ることはできたし、教師をやめて他の仕事に就くこともできた。給料は安いが。だから最初から教師にならなければよかった。なのに教師になった。薄給だけど威張れるから。それも、弱い立場の子供に対して。そんなの最低である。

 そのような道を間違えた人が、政治家にもいるということだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 6月1日
  • 読了時間: 2分

 「NATOのウクライナ支援司令部に自衛官派遣へ 防衛省」

 このNHK報道について、共産党の山添議員が次のSNS投稿した。



 「日本はNATO加盟国ではなく、対ウクライナ戦争の当事国でもない。『最新の戦い方』を学ぶというが客観的には『学ぶ』にとどまらない。だいたい『戦い方』を学ぶとは、文字通り戦う自衛隊に変えようということにほかならない。 憲法からの逸脱であり、『平和のため』と言い張るのは強弁でしかない。」


 ここでいう「対ウクライナ」という言い方に奇妙な批判が湧いている。

 それは「ウクライナに対する戦争」というのは「ロシア視点」だという非難である。なぜそうなるのか通常の感覚では理解不能である。

 もう既に指摘されているとおり、このような非難を浴びせる人達は、よく中国などを悪く言うため、また政府に批判的な日本人を貶めるため、中国による「対日工作」という言葉を使うが、これは中国視点なのか。

 ここで言う「ウクライナに対する戦争」という言い方は、むしろ「ウクライナに対する侵略」を言い換えただけだろう。


 つまり、「対」は「ウクライナ」ではなく「戦争」に掛かっている。

 このことは文脈から明らかだし、その方が、この議員の言動と一致している。また「ベトナム戦争」はベトナム人からすると「対アメリカ戦争」だとベトナム人は言うが、これは当時者のもう一方という意味の文脈からの言葉であるから違う意味だ。それと一見した場合に誤解するので、「対ウクライナ戦争」は表現としてはあまり適切ではないけれど。

 ようするに、この程度のことを、言葉尻捉えて鬼の首を取ったように指摘しているだけである。よくあることだが、それを共産党攻撃に利用するのはネタとして御粗末だ。実際、これを以て騒いでいる連中は、他のことでも無茶苦茶デタラメばかり言う輩である。

 それで同議員は放置しているのだろう。


 
 
 
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