top of page

​炬火 Die Fackel 

 松竹伸幸という例の共産党を除名された男。

 この共産党員は、改憲論者で対米隷属を主張している。要するに共産党を全否定だ。なら離党して別の党に行くか自分で結党するものだろう。

 ところが彼は、自分が党の中心になることで共産党の方針を改憲志向と対米隷属の政党に変えたいと言い、それを党の敵対勢力と共同で勝手に騒ぎ、それが勝手であったことを党に対して認めたためその違反により除名された。


 そんな松竹伸幸が共産党に復党させよと訴訟を提起している。

 これは、共産党の内部規約に違反した者を党内に戻せと国家権力に命令させようとしているのであり、政党の自治を否定させようということだ。こんなのは思想信条の自由でも言論の自由でもないことは言うまでもないが、彼にとっては違うらしい。彼に言わせると共産党を否定するのが憲法で保障された自由であり、だから政党の基本的な政策を変えさせようとする者を党内に盤踞させよと国家権力に命じさせるのが正しい、ということのようだ。

 これを党内の民主化と称して周囲から焚きつけたり煽ったりしている人達がいる。


 これはカラー革命の手口である。

 内部の叛乱を外部の敵対勢力が応援して党を乗っ取って潰そうとするのだから、まったく同じことだ。

 カラー革命とは何色革命と称したものの総称である。それらは民主化のため民衆が立ち上がったものとされるが、それで国が良くなった試しは無い。混乱に陥れられただけである。それもそのはずで、カラー革命とは旧共産圏や社会主義国あるいはイスラム圏に大して西欧や米国などが外部から唆したものだからだ。これを中国などの国々はクーデターの工作だと主張していた。



 この背景にはアメリカのCIA派生機関NEDの関与が指摘されている。

 あからさまな政権転覆では人聞き悪いので、自由や人権の美名で装うのだと、当の機関関係者が公言している。

 この働きかけと資金提供により市民団体や人権擁護団体が虚偽の情報を垂れ流してマスメディアが煽る。またディアスポラ(外国在住の国民)を取り込んで利用するのも常套手段である。


 ところが日本共産党に危機感が乏しい。

 カラー革命で中国などがアメリカと西欧を批判しても、日本共産党は中国などの方を批判して、欧米の側に立つのが常である。欧米が先進国で民主的であり、社会主義国やイスラム圏は独裁制だというプロパガンダに洗脳されているからだ。

 その一因は、党機関紙しんぶん赤旗である。財政難で外国の支局を次々と閉鎖し、NATO軍記者クラブとでもいうべき欧米の通信社から配信されるデマゴーグを受け売りしてばかりだから、同じことをしているNHKや朝日新聞と赤旗がソックリ同じになっている。それを党の上意下達のための機関紙ということで鵜呑みにする義務を忠実に果たしてきた素直すぎる党員たちばかり。

 だから、それを逆手にとられている。


 日本共産党は外国と同じ目に遭っていても気づかない。

 なんともマヌケというかオオボケというかの状態である。だから、日本共産党に対する工作とカラー革命が実に酷似した構造であることに当の日本共産党は認識が甘く、あんなにひどく攻撃されても充分に反撃できてない。敵側に立って叛乱した党員について、ただの不忠者を排除したから解決くらいにしか思っていないのだ。

 もちろん、そこに便乗した問題発言などで公認されなかった地方議員が離党しただけなら去る者は追わずでいいが、それに同調する別の地方議員がいたり、これを「日本共産党の民主化改革」と称して煽り党を攻撃する勢力がいたり、さらには過去に追放された党員などがディアスポラのようにしていたり、それらの意味を充分に理解していない。そんな共産党員たちの呑気さには、ほんとうに呆れさせられる。


 これは日本共産党だけの問題では済まない。

 この共産党に対する「力による現状変更」を許してしまえば、総ての政党に対して同じ手口が実施できるようになって、政党という政党がみんな、形のうえでは民主的に、実質は権力によって強引に、同じものにさせられファシズムへ転落するからである。

 したがって、れいわ新選組だって共産党と同じことをやられる可能性があるのだが、それを例の伊勢崎賢治という人は理解できないから、松竹伸幸事件で「共産党には党内民主主義が無い」と勘違い発言したのだ。こういうところで、よく言われるような、彼の不見識が露呈するのだ。

 
 
 

更新日:5 時間前

 「海洋博を見に来たのに戦争の跡地なんかに連れていかれて迷惑だよ」

 1975年に、そう言う若い観光客がいた。よくあったことだ。



 1975年に、沖縄海洋博覧会(エキスポ75)が開催された。これに行くには相当の費用が要ったので、よく、景品の一等賞が沖縄海洋博と謳うキャンペーンも開催された。

 それで海洋博へ行ったのに、観光ガイドの人から沖縄戦の跡地にも案内されて、あまり気が進まなかった人たちもよくいた、ということ自体は自然なことだ。

 これは当時マスコミにも取り上げられた話題だった。それで「まったく若い者は」という年配者もいた。


 このblogで先回の話題だった高校生死亡事故にも共通する点がある。

 あの船舶転覆事故で亡くなった高校二年生の女子は、学校の社会科見学や平和教育の一環として沖縄に行った。

 ところが、戦争の悲惨な話はつらいので綺麗な海を見ることにしたと言っていたそうだ。


 その綺麗な海、これを地元の言葉で美(ちゅ)ら海、をコンクリートで埋め立て米軍基地を建設している。

 なので、地元から抗議があり、また日本の領土に日本人が納めた税金による予算で外国軍の基地を作り環境破壊をするということだから、日本人全体の問題である。それで他府県からも抗議に来る人達がいる。

 このblogの主催者も東京から行った。これについては前回に述べたとおりで、写真があるサイトを訪問してくれた方々がいたから、主催者は感謝している。


 そして、その高校生は海を観に乗船し、転覆事故で亡くなった。

 なのに抗議活動に参加して死んだとマスコミが誤報した。故意の誤報ではないにしても、騒ぎになることを期待していたからその不純な意図が誤報を招いたはずだ。

 ここで不可解がられているのは、その日は海が時化ていて、危険があることは簡単に解かるのに海上に出たことだ。これで船長も死亡した。

 これを絶好の機会と捉えて、基地建設への抗議を非難する議員がいたり、警察が抗議活動している人のところへガサ入れをしたり、抗議活動と事故とは関係が無いのに、まさに口実とされたのだ。


 もちろん船長が判断を誤ったことは間違いないだろう。

 だいたい抗議活動をしている船であれば、凪の海であっても辺野古は海保の「海猿」たちが暴れていて、マンガで美化されているが実態は海の機動隊であり、機動隊は「国営暴力団」と昔から言われているとおりであり、抗議活動する人たちが暴力を振るわれることはもちろん、あれは殺しにかかっていると昔から言われているほど狂暴であることを知らないはずがない。

 そこへは近づかないとしても、時化ている海に出たら死ぬ可能性があることは誰でも解かるし、まして船乗りなら実感をもって知っている。

 なのに、自分が死ぬだけでなく未成年者を乗せて巻き添え死させるとは、いったい何を考えていたのか。まったく不可解である。


 しかし、ほんとうに非難されるべきなのは死亡した生徒の学校である。

 やはり平和教育が悪いという攻撃にさらされているが、まともな思考力を持つ人間なら、平和教育の場で深刻な事態になったら、そこへ付け込まれるに決まっていると解かるはずである。平和教育が疎ましい連中がいるのだから。

 ところが、この学校がやっていたことは、平和教育とか社会科見学とか称して物見遊山しただけだった。この場合は山ではなく海だが。それが先にあって、平和教育や社会科見学は後付けだったのだろう。だから海に出る生徒が乗る船に引率教員が付き添ってなかった。それで死亡した生徒の親が愕然としていたと伝えられている。修学旅行や林間学校でも当たり前である安全配慮もないほどなのだから、命がけで国家権力に抗議している人達について上から目線で見物し、そこに生徒を同行させ教えてやったと呑気に錯覚していたはずだ。


 平和運動を舐めるな。

 そう言ってやりたいが、しかし、この学校に限らず、教師のすることは昔から今でも所詮この程度である。

 
 
 

 辺野古で抗議船に乗っていた高校二年の女子が死亡する事故が起きた。

 この抗議とは、もちろん米軍基地建設による環境破壊に対しての様々な行動のうちの一つである、船に乗っての海上行動のこと。

 この事件が起きて大喜びしたのは、先ずマスコミである。


 まず朝日新聞が、デジタル版で誤報を流した。

 これはすぐに削除されたうえ、朝日新聞デジタル版は訂正のうえ謝罪した。しかし、ただの単純ミスでは、確認もせずに思い込みで記事を作成するなんてことはありえない。

 その内容からすると、どう考えても願望が先行したからだろう。執拗な抗議行動が遂に未成年者まで巻き込んで悲劇となったというと、面白い記事になるからだ。これでは、やはり確認もせず抗議行動に参加したと決めつけた百田尚樹と、朝日新聞の記者は同水準ということである。


 さらに百田尚樹は、その高校生が愚か者だという意味の罵倒までした。

 つまり死者を侮辱する最低の行為に及んだということ。これには愛想が尽きたと、政治家としての彼を支持してきた者たちが批判していた。

 だが、これと同じことを朝日新聞の記者も考えていたか、あるいは百田尚樹のような反応が出て盛り上がるであろうと期待していたか、そのどちらかでなければ、このような誤報とはならなかったはずである。



 このblogを主催している者は辺野古に行ったことがある。

 それについては、サイト上部にホームページへのリンクがある。そこを参照すると主催者が抗議船に乗り込むさいの写真が自己紹介として載っている。ライフジャケットを身に着けているし、背景は沖縄の海である。また、下方へスクロールすると沖縄の問題へのリンクがあり、かつて記事を雑誌に掲載したさいには載せられなかったカラー写真がたくさん掲載されている。

 このさい案内した人は、もっと前から抗議行動に参加してきた人で、主催者の友達である。この人は言っていた。未成年者を抗議船に乗せるなんて以ての外だと。ただでさえ、小型船で海に出るのは危険があるし、しかも権力の横暴に抗議するとなると命懸けだから。


 ただ未成年者でも信念から自分の意思で覚悟して乗るならけっこうだ。

 また、親が連れて行って、社会の現実を一緒に間近で見せつけて、学校のイジメに遭っても我慢するな自殺するなと教えるということなら一種のスパルタ教育として意味があるだろう。このblogの主催者も、その意味でのスパルタ教育を施している。

 このことと関係して、このblogはしばらく休載していて、今回で再開だがネットで指示しての代筆である。これがしばらく続くはずで、事情は旧Twitter(現X)に投稿されていたとおりである。これについては後に説明がある。


 この、転覆事故の高校生死亡についての項目は次に続く。

 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page