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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年12月14日
  • 読了時間: 1分

 「♪ドは毒殺のド、レは冷酷のレ、ミは皆殺しのミ」

 という替え歌を学校で教師が児童に教えたので苦情が出たという記事があった。

 もともと「ドレミの歌」は『サウンドオブミュージック』でジュリーアンドリュースが「♪ミは私のミー」と唄うのを日本では「♪ミは皆のミ」になっていたりするから、そこで替え歌にすることが昔からよくあった。




 「♪ドは髑髏のド、レは霊柩車のレ、ミは木乃伊のミ~」等々。

 それで、かつて自分でも替え歌をしたものだった。


 ♪ドはドグマティズムのド~

 ♪レはレイシズムのレ~

 ♪ミはミリタリズムのミ~

 ♪ファはファシズムのファ~

 ♪ソはソシアリズムのソ~

 ♪ラはラジカリズムのラ~

 ♪シはシオニズムのシ~


そして締めくくり。


 ♪イズム、イムズ、イムズ

 ♪オール・ウィー・ア~・セーイング、

 ♪ギブ・ピース・ア・チャンス~





 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年5月27日
  • 読了時間: 3分

 ショスタコーヴィチの交響曲第7番『レニングラード』は、ドイツ軍に包囲された街に当時いたショスタコーヴィチが、その中で書いていたらしい。

 その戦争を表現する第一楽章の反復音型は、この演奏をラジオで聴いたバルトークが彼の最も有名な曲『管弦楽のための協奏曲』で茶化した引用をしていたことも知られている。

 また、この部分は『メリーウィドー』に似ているので意識したという「定説」があるけれど、似ているとは思えない。むしろチャイコフスキーの交響曲第5番の方に似ていると感じる。

 それに、『レニングラード交響曲』は戦勝を讃えているが『メリーウィドー』の歌詞からすると国の呪縛から逃れたいという隠れたメッセージだ、と言う人がいる。しかし、国がなければ戦争もないという『イマジン』のような考えをショスタコーヴィチがしていただろうか疑問だ。



 とにかく、これによって後にショスタコーヴィチは対独戦の映画で音楽を担当するが、仕方なくやっていたらしいと言われる。

 このソビエト映画はスターリンとヒットラーが戦闘の指令を出すのを詰将棋のように描いていて、攻防戦を面白くしているけれど実際の戦争をこんなふうに描いていいのかと言う人もいた。

 よく戦争をテーマに書く小説家の井上光晴は、かつて日本共産党員だった時、映画館で一緒に観た党員たちが、ナチスをやっつけるのを「いいぞ、いいぞ」という感じで喜んでいたけれど、自分は乗れなかったことを書いていた。


 ショスタコーヴィチの交響曲第5番は『戦艦ポチョムキン』で流れた。

 最初の場面、嵐で荒れた海の映像に被さる交響曲の冒頭が、まるで映画のために作曲されたオリジナルサウンドトラックのように合っていると言われた。

 それからずっと後、『宇宙からのメッセージ』という『南総里見八犬伝』を基にした日本のSF映画が、『2001年宇宙の旅』みたいにクラシック音楽を流そうということで、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の第4楽章をアレンジした曲を8人の勇者たちのテーマ曲として流していた。このことはプログラムに明記してあったが、読んでない人の中にはパクリだと思った人がいて、その一人が武満徹だったらしい。映画を観て音楽が似すぎていると言ったとか。

 

 『宇宙からのメッセージ』は石ノ森章太郎がデザインに関与し、深作欣二が監督した。

 深作欣二監督は、その前に『ガンマ3号宇宙大作戦』というSF映画を撮っている。『ムーミン』のニョロニョロのような性質で姿は不気味な生物が宇宙ステーションの内部で増殖して暴れる話だ。『宇宙からのメッセージ』の次は『復活の日』で、深作欣二監督のSF三部作と言われる。どれも外国人の俳優が出演する輸出を意識したSF映画である。

 しかし深作欣二監督といえば時代劇とヤクザ映画である。


 ショスタコーヴィチの交響曲第4番と『仁義なき戦い』の音楽が似ている。

 これは作曲しているさい意識していたとしか思えない。これについてショスタコーヴィチが好きな人に訊いてみた。その人は『仁義なき戦い』を観てなかったので、津島利章が作曲した『仁義なき戦い』の音楽を聴いてみたところ、たしかによく似た感じがすると言っていた。

 『仁義なき戦い』は深作欣二監督の代表作であり、その音楽がショスタコーヴィチの交響曲第4番と酷似していて、そのあと撮ったSF映画の音楽はショスタコーヴィチの交響曲第5番ということである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年5月16日
  • 読了時間: 2分

 ヴァレリー-ゲルギエフがミュンヘン-フィルを解雇されたさい、おそらく彼としてはマリンスキー劇場の方が大事だったのだろうと言われた。

 それに、もともとミュンヘンフィルよりマリンスキー劇場のほうが良い演奏家たちが集まっているから、どちらか選ばないといけなくなったらゲルギエフでなくてもマリンスキーだろう。実際に彼が指揮するマリンスキー劇場の楽団は素晴らしい演奏をしている。



 しかしミュンヘンフィルのやることは無茶苦茶だった。

 すでに色々と言われているように、戦争を露骨に支持して対立したというならともかく、自分の国の大統領と親しくするのを止せと圧力をかけるのだから、所詮は西欧なんてこの程度ということだ。

 これを無視し続けたゲルギエフは解雇を通告されたが、自分から辞めてやると啖呵を切っても良かったのではないか。


 だいたい、吟遊詩人がギター持って旅するとか、ラッパーが街頭で訴えるとか、そういうのとは違う業界である。

 かつて音楽大学付属に通っていた当時、NHKに対しては今と同じスタンスで批判的だったけれど、それをセンセイから咎められたものだ。

 「NHKと慣れ合わないと日本のクラシック音楽界でやっていけません。そういう世界なんですよ」

 たしかに、所詮そんな世界ということでもある。


 もう亡くなった音楽大学の先生に言われた。

 この人は演奏家などではなく研究家で、音楽大学ではなく東京大学を出ていた。そして、音楽なんて信念を曲げてまでやることではないし、信念が大事というより大事な信念を持てる人が音楽家になるものではない、と言う。

 それでは川原乞食どころか猿回しの猿ということになるが、自分の好きなものを作る者たちに敬意を持たないのかと問うたら、答えはこうだ。

 「熊は蜂蜜が大好きだけど、だからと蜂に敬意を持つかね」


 
 
 
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