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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年2月3日
  • 読了時間: 2分

 亡くなった鈴木邦男氏はワーグナーが好きだと言った。

 しかし鈴木氏がクラシック音楽を愛好しているかは不明であった。あくまでもワーグナーが好きだと言ったのは三島由紀夫に合わせていたからだ。


 三島由紀夫はワーグナーが好きだと公言していた。

 自作自演の映画『憂国』では『トリスタンとイゾルデ』が劇中に流れていたし、『潮騒』の「その火を飛び越えて来い」は『ジークフリート』である。


 そういうことで、三島由紀夫の影響を受けたという鈴木氏は合わせていた。

 だから鈴木氏がクラシック音楽とか歌劇とかオーケストラとかに興味があるかどうかは不明である。

 

 鈴木氏は記録映画『ザ・コ―ヴ』の件で他の右派団体と色々あった。

 あれは日本叩きだと反発して上映反対する右派団体と、考えさせられる内容だから上映反対ではなく議論するべきであると主張する鈴木氏とで、対立があった。

 この上映反対は、影響される人が出たらいけないという訳であったが、これに対して鈴木氏は、鵜呑みにして誤った認識を持つと思うのは日本人の判断力を信用していないからであり、日本人をバカにすることになると反論していた。


 映画では最後にデビッドボウイの歌『ヒーローズ』が流れた。

 イルカ猟が動物虐待であると問題しているので、歌詞に「♪イルカのように~」とあるから、ひっかけたのだろう。

 一方、日本には『イルカにのった少年』という歌謡曲がある。それで興味を持った鈴木氏は、ある出版社の会合のあと親睦で飲食してカラオケボックスに行ったさい、あると知ってリクエストしテレビの画面を見ていたのだが、そこに出てきた歌手の城みちるを見て「ほんとうに少年が唄っているのか」と驚いて言い、一緒に来ていた出版社関係の女性から「だってアイドルの歌ですよ」と教えられていた。



 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年12月22日
  • 読了時間: 2分

 バイロイト音楽祭を聴いていたら懐かしい名が出た。

 『神々の黄昏』の放送時だが、最初に解説者が「尊敬する音楽学者の磯山雅さん」と言っていた。趣旨とは、その磯山先生が、『神々の黄昏』の内容は『ジークフリート』に登場する要素の総てを逆にして否定的な内容と化したと指摘していたという話であった。

 磯山雅先生はバッハ研究で日本の第一人者と言われていたが、ワーグナーにも詳しかった。



 数年前に怪我が原因で亡くなった。

 凍結した舗道で滑って転倒したさい頭を撃ってしまったのだった。そのとき、たまたま縁があったことを述べた。音大の付属に行っていた当時からブランクが空きすぎているけど勉強すれば何とかなるかという相談をした。

 これは前のブログに掲載したが、読んだのを憶えている人もいるかもしれない。


 あの当時は助教授で、当時は准教授とは言って無かった。

 そのあと招聘教授という肩書になっていた。その時、ドイツ語を習っていた先生に、磯山先生は何であんなに物知りなのかと言ったら、それは歳が上だから読んだ本などの絶対量が違うと指摘されて、言われてみればそうだなと納得した。

 このドイツ語の先生はオーストリア文学が専門だからホフマンスタールを通じてリヒャルトシュトラウスの歌劇に詳しかったが、それ以上にホフマンスタールの戦争翼賛を辛辣に批判したカールクラウスの『人類最期の日々』について詳しかった。このブログの題名も、カールクラウスの機関紙から取って付けていることは、前に述べたとおりである。


 あと、古谷径衝さんの話も思い出した。

 西村博之という人は才能があるかもしれないが知識がなく、自分より歳は上だけど勉強していないと扱き下ろしたのが話題だった。

 とにかく、年の功というのは必要だと思った。

 
 
 

 歌手の水木一郎さんが死去したと報じられた。

 アニメソングなどのテレビ主題歌で知られ、少し前からガンで闘病していると言って、車椅子で登壇すると座ったまま唄うこともあり、生涯現役を貫いたのだった。


 初めてサインしてもらったプロ歌手である。

 小学生のとき、遊園地でサインしてもらったのだった。かつてユネスコ村という遊園地と文化教育施設が一緒になったような場所があって、そこの野外ステージでのことだった。

 この帰りに、電車の中で水木一郎さんと同じ車両に乗り合わせた。当時は無かった西武ライオンズ球場の近くだから、都心から西武線に乗り換えるのが最も効率よい。



 後に知ったが、鎌倉八幡宮の近くに自宅があるとのこと。

 これは『マジンガーZ』の大人気により唄った主題歌のレコードが70万枚も売れたから、その利益を使って購入した宅地に家を建てたそうで、このため「水木一郎のマジンガー御殿」と呼ばれたが、もとは、人気の出そうな場所で宅地を見つけたので、自分の家を建ててもよし、資産としてもよし、ということであった。

 そして結局は自宅を建てることにして、その資金は仮面ライダー関係など様々なイベントにコツコツと出演して稼いだという。

 それでユネスコ村の時も西武線に乗って巡業に来たわけだ。


 つまり、あの当時は地味なスターという感じの仕事ぶりであった。

 でも、そうやって堅実にやってきたのが良かったわけだ。よくヒット曲を出した歌手が次の曲もヒットする保証はないのに賭博などで散財して困る話を聴く。アニソンでいうと『エイトマン』の主題歌を唄った人のように、それで愛人に貢いでもらい、奥さんにバレそうになって…という最悪の歌手がいた。

 ということで、地道にして成功した水木一郎さん、ということを子供のころに直接目撃した体験から思うのであった。

 
 
 
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