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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2020年8月1日
  • 読了時間: 3分

更新日:2021年6月24日

 マスコミによる嘘の宣伝で再選したインチキ都知事の小池百合子は、伝染病の元凶が「夜の街」だと言っているが、これは正しくないと指摘されているうえ職業に対する差別と偏見を煽るものだと批判されている。

 しかし、手段を選ばず成り上がった小池百合子としては、自分が蹴落とした「負け組」の人たちなど見下す対象でしかないから、なんと言われようと平気どころか、むしろいい気分だろう。


 かつて、健康上の事情とか虐めに遭って不登校になったとかの人たちが、勤労学生と一緒に夜の学校で学んでいる問題に関係して、「有識者」「功成り名遂げた」各界の人たちが言い放った「問題発言」から波紋が広がった。

 これは2003年、大阪府教委の会議で、府内29校の夜間定時制高校を15校に減らし、代わりに新タイプの高校を5校つくることを柱にした高校再編計画案を審議するはずだった。ところが、そこで悪ふざけとしか思えない発言が委員たちから相次いだ。

 津田委員=サントリー相談役は「夜間動物ちゃうわ人間は」と発言、熊谷委員長=元大阪大学長は「バーやキャバレーではないんだから」と、井村委員=井村サイクロスイミングクラブ代表は「挫折した子へ愛の手の固まりはいらない」と発言した。


 これは、当時かなり話題になった。発言の経過は詳しく判らないが、高校再編計画案を審議する場にふさわしい発言でないことだけは確かだし、なにより定時制高校について無知・無理解がひどい。働きながら学ぶ生徒が減る一方で挫折した生徒が再起するため学ぶことが増えていて、それに情熱を持ってとりくむ教師は少なくないのに。


 この発言を報じた朝日新聞の同記事によると、この委員会は月1回、数十分で終わることもあるという。それで委員長が月36万5千円、委員は31万円の報酬である。中には100以上の肩書きを持つ人もいるそうだ。

 この日も高校再編計画を約1時間の議論で議決、その中での発言である。これについて、当時こんな指摘があった。

 「教育に何の理解ももたない人たちが、普通に働いている人にはとても考えられない高報酬を得て、井戸端会議のような教育談義でお茶を濁す。これでは、現場の子どもたちや教師達はやりきれないだろう。ましてや、学校がこんな人たちによって統廃合されるのでは涙もでない。

 これは大阪府だけではないが、そうそうたる肩書きを持っていてもお茶のみ話程度のことしか言えない人たち。委員の仕事をこづかい稼ぎ程度にしか考えていないとも思える人たちが教育委員には多いようだ。教育への見識を欠くこういう人たちを委員に選んではならない。」


 たしかシンクロナイズドスイミングの井村コーチは「甘えている」とも言ったはずだ。この人はパワハラで悪名高い人だが、程度や水準が低い者を指導するならスパルタ教育と称してシゴけばいいもので、それを自分が指導者として優秀だと錯覚することが多いと、大学の保健体育でも指摘されているから、それで勘違いしたなら当然の発言だろう。

 だとしても、他の「功成り名遂げた」人たちと同じく自分が成功者だから事情ある人たちのことなど解らないのだと、彼女の発言に顔をしかめていた人たちがいたものだった。


 そしてサントリーの相談役は酒を造って売る会社の頂点にありながら何という不謹慎なことを言うのかと呆れられていた。これでは、酒は朝から昼までに飲めということになるし、事情ある人だけでなく働きながら勉強する人たちまで侮辱している。

 そして教育長の元大阪大学長は、働きながら学ぶことを否定しているうえ、もともと水商売はもちろん夜に働いている他の業種の人のことも蔑視していることが判った。


 こういう社会の前提があるから、小池百合子も「夜の街」と言い出すのだ。あんなこと言う不見識で不謹慎な知事が、なぜ再選されるのか。これがその前提条件なのだ。



 
 
 

 難病で重症の人を医師らが殺害した事件で「これを機に安楽死の議論を」なんて言っている牧歌的な人たちがいるけど、ここで真剣に議論するべきなのは安楽死じゃなく医者の方だ。議論もせず勝手なことする、人命に独りよがりする、そんな危ない医者の方が、障害者や老人よりよほど社会の邪魔者である。

 映画『コーマ』(マイケル=クライトン監督・ロビン=クック原作。どちらも元医師)では「末期患者の医療費は防衛費より多い。政治が解決できないなら、医師が決めて何が悪い」と、うそぶく。原作には無いセリフで映画の脚色だが、この傲慢は当時から今まで変わっていない。

 ちなみに原作の小説では、まさかと思う良心的な医学部長が黒幕だったので、疑惑を追及する主人公の女医が危うく殺されそうになるが、映画ではリチャード=ウイドマークが扮しているので最初から黒幕はこいつだと観客は解ってしまう。

 ところで小説家の松井計氏が、この事件についてTwitterで「たまたま犯人が医師だっただけだよ。医業にあるというだけで、被害者の診察すらしたことがない二人組だぜ。なんで医療の話にすりかえてんの?」と述べていた。

 もともと、安楽死と優生思想は医学界に強く、クライトンが卒業したハーバード医学部も批判されてきたし、日本でも避妊の子宮リング(大田リング)考案者の発言がナチズムそのものだと問題になり批判されたものだった。

 この太田典礼(1900- 1985)は、日本の産婦人科医、元衆議院議員(当選1回)で、日本安楽死協会(のち日本尊厳死協会と改称)を設立した人。

 彼は老人について「ドライないい方をすれば、もはや社会的に活動もできず、何の役にも立たなくなって生きているのは、社会的罪悪であり、その報いが、孤独である、と私は思う。」と主張し、障害者について「劣等遺伝による障害児の出生を防止することも怠ってはならない」「障害者も老人もいていいのかどうかは別として、こういう人がいることは事実です。しかし、できるだけ少なくするのが理想ではないでしょうか。」と主張した。

 また「植物人間は、人格のある人間だとは思ってません。無用の者は社会から消えるべきなんだ。社会の幸福、文明の進歩のために努力している人と、発展に貢献できる能力を持った人だけが優先性を持っているのであって、重症障害者やコウコツの老人から〈われわれを大事にしろ〉などと言われては、たまったものではない」とも述べていた。

 これに大きな批判が起き、朝日新聞の本多勝一記者が戦争と人種差別・障害者差別の共通点を追及した著書『殺される側の論理』でも厳しい姿勢で取り上げられていた。

 そして、今も医学界の体質は変わっていないことが、『コーマ』で描かれる臓器移植の技術的進歩により露呈し、問題になったり揉め事になったりし続けてきた。

 そこへ今回、前の選挙に立候補していた大西つねき氏が生命の優先順位を政治の課題とすべきという主張をSNSで発信して問題になり「れいわ新選組」を除籍処分されたばかりのところへ、差別主義者としての主張をSNS発信してきた医師らが安楽死として難病患者の命を絶ったので、勝手に実施したから殺人罪に問われたのだ。

 これだから当然に医学の問題になっている。これでは「たまたま犯人が医師」では済まされない。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2020年7月19日
  • 読了時間: 2分

更新日:2020年7月21日

 先日、何人かで連れ立って歩いている人たちの会話を小耳に挟んだら、「伝染病で大変だけど、飲みに行かなくていいって気づかされたのは不幸中の幸いだ」と言っていた。

 たしかに、飲食業で生計を立てている人たちは収入が減ってしまうが、酒は飲まなくても困ることではないし、わざわざ不幸中の幸いと言うほど飲みに行かないことを喜んでいるのは、要するに嫌でも付き合いで飲みに行くことが多すぎるからだろう。

 この他にも娯楽産業が困っている。けれどエンターテインメントなんて生活に必要不可欠ではないから無くなって欲しいとまでは言わないが、これまで食傷気味だった。だから無視する理由ができたおかげで生活が穏やかになった。商売でやっている方としては売りたいから当然にしても、押し付けや強要に感じるほど執拗な宣伝により、自分が鑑賞したいからではなく今話題だからと迫られている感じがしていた。

 なにより、町内会や自治会の行事が中止になって、みんな大喜びである。もともと、他にやりたいことや楽しいことがいくらでもあるのに「夏祭り」なんて迷惑千万だったが、親睦のためにやるものだと思い込んでいる暇な老人たちに付き合わないと、暇にまかせた嫌がらせをされてしまうものだったので、そこへ絶好の中止理由が出来たというわけだ。

 これをきっかけに、付き合いとか親睦とか称する押付けや強要が見直されるようになって欲しいものだ。

 
 
 
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