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​炬火 Die Fackel 


 かつて、大企業批判で売っていた佐高信は、大学を出てから郷里で教師をしていて日教組に加入していた当時、組合執行部の方針に異を唱えたら、役員から反論ではなく一緒に酒をと言われ、冗談ではなく真顔で「飲めば解かる」だったから驚いたそうだ。

 つまり、会社も労働組合も同じ問題を抱えているということで、日本社会の特質なのだろう。



 このところ、コロナウイルス新型肺炎のため、職場での「飲み会」が行われなくなったけれど、このおかげで元々しなくていいことだったことが解かったと言う人は少なくないはずだ。よく勤め人たちが言っている。

 だいたい、あれは友達付合いみたいに楽しむのを職場でも、ということではなく、気持ちを合わせるためにやっていて、だから本当の親睦ではなく、そうかと言って団結でもなく、付き合いの悪い人や、空気を読んだり忖度したりをしたがらない人を疎外するためにやっているだけのことだ。

 そして、きちんと話し合ったり議論を戦わせたりで結論を出すのではなく馴れ合いばかり、という無能な小集団を形成するだけで、実は仕事ができず気も弱くなるだけ。


 この悪習が消え失せ、コロナウイルス新型肺炎の禍を転じて福と為す、という結果だったら大いに結構である。



 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年6月29日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年8月3日

 「お金を持っとらんばってん食いたか」と言って、佐賀県のコンビニ店で148円のクッキー1個を盗んだ男が逮捕されたそうだ。その時点では未確認だが自称無職の65歳ということだ。

 これで連想するのはジャン-バルジャンだが、警察を批判している人もいた。では店員の立場を考えたらどうか。警察より店長が無情で「金額の多少ではなく盗まれたことが問題だ」と責める人もいるのが現実である。『火垂るの墓』に、飢えた少年が畑の作物を盗んで警察に突き出されると、警官は傷だらけの少年を見て「これだけ殴れば気が済んだだろう」と言い、農家のオジサンがバツ悪そうにする場面がある。


 過日、イタリアで、店から食べ物を盗んだ人が、本当に飢えていて所持金も無かったことが判明したので、無罪となったことが報じられた。まだ記憶に新しいことだ。

 これは、法律で裁く犯罪とするには他人に損害を与える悪意が無ければならないけれど、それが無いなら、動機があくまで飢えであり、動物が盗んだのと同じで罪には問えないし、人間をそこまで追い詰めたのは社会に責任があり、なのに社会の秩序を守る司法が裁くのは無責任かつ非人道的である、というわけだ。


 これを適応すれば、佐賀県の事件は、その男が本当に空腹で所持金も無かったか、それが問題になる。

 よく、金が無いとか言っているのが悪ふざけの場合があり、その方が堂々と強奪やらかす人には多いだろう。


 「お金を持ってないけれど読みたいと」と言って我が著書を強引に持ち去った医師が、かつていた。

 まるでクレクレタコラで、この医師の男性は、大繫盛していた美容外科診療所の経営をしていたけれど、医師法違反で逮捕されて貧乏に転落してしまったからだと言う。

 この逮捕は商売敵の陰謀で陥れられた冤罪だと訴えているが、その真偽は別にして、彼を知っている人は一様に「しょうもない人」だと評す。また、大学医学部で教鞭をとっていたベテラン医師も、大学院で形成外科を教えていた当時「そんな人がいたなあ」程度の認識があるだけなのに、勝手に「一番弟子」と言いふらされて迷惑していると言っていた。


 そんなこともあるので、金が無いのが本当か否かは、結構、重要である。



 
 
 

更新日:2021年8月3日

 コロナウイルスのワクチンについて、日本は出遅れていると言って政府を批判する人たちがいると同時に、そういう人たちがワクチンの効果を過信していると批判する人もいる。

 そして、医師の中にもワクチン接種を中止するように行政に求める人たちがいるけれど、これに対し既に外国では大勢の人に実施されているのにケチをつけるなと言うもいる。


 この問題を過日テレビ番組が取り上げ、俳優の坂上忍が、あくまで心配な人や予防が必要だと考える人が接種することであり、考えがあって接種しない人を非難したり、強制したり、というのは間違っていないかと医師に質問したら、リモートで出演する医師が、確かに厚生労働省は薬の性質上から強制はしてないと指摘していた。

 また、自分は接種したという芸能人が、タレントの明石家さんまが接種しない方針だと言っていたことを紹介して、人それぞれの判断であるべきで、その意思を尊重するのは当然だと指摘していた。



 そもそも新型肺炎とか新型ウイルスとか言われるものに、後から新たに作られたワクチンであるから、データーが充分とは言い得ない。

 だから、役所から送付されてきた券には、色々と細かい条件が記載されていて、そのうえで個々の判断により希望する旨を記入して提出するようになっている。


 それなのに、なぜか自信たっぷりに「ワクチンは大丈夫です」と断言する医師もいる。

 この本当の意味は「私も実は、よく解らないけれど、データーが不充分だから解るわけないけど、国や医師会の方針に従っているので、何かあっても賠償は国の責任ですし、国家賠償請求訴訟なんて司法権の独立が有名無実である日本の裁判所が政府や行政を断罪するなんて極めて稀だし、とにかく医師としては安泰で、そうなるために予診票にサインさせるわけで、これは読んで意味を咀嚼して署名するものではなく、だいたい素人が解るわけがないから、言葉は差別的だが『メクラ判を押す』も同然で、それでいて何か起きても自分の意思により選択した結果だから自己責任であり、つまり医師は責任を全く取らないということで『大丈夫』と言っているのだ」というのが実質であろう。


 あの薬害エイズの時、血液製剤を心配する患者に、医師は「原因のHIVウイルスは感染力が弱いので大丈夫ですよ」と言って優しく微笑んでいたけれど、後で間違いだとなっても「あの当時は未だ知らなかっただけです」と怒気を含んだ声と強面で言ったものだと、患者が証言している。まるで「ジキル博士とハイド氏」だったと。

 ほとんど全部に近い医師は、重篤な「謝ったら死ぬ病」の患者である。このワクチンが無いうえ医師が罹る変異株は特に深刻な現実も忘れてはならない。

 そのうえで、コロナウイルスのワクチンについて判断することである。それができない人は「ご愁傷様」ということ。


 
 
 
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