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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年8月23日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年8月30日


 知人が「やる気のない医師は訴訟をちらつかせるべき」とTwitterで発信したところ「そんなことをしたら信頼関係が壊れる」という反発の返信がたくさんあったそうだ。


 結論を先に述べると、やる気がなさそうな医師を脅しても嗾けても無駄。

 なぜなら、そんな医師は知識や経験からして能力を超えているから困って逃げているもので、それを素人からすると、まさか専門家のくせに解らないはずがないと思い込んでいるから、やる気が無いように見えるのだ。

 これは弁護士に法律相談した場合にもよくあることで、医師より遥かに酷い実態である。



 あと、能力の問題とは別に、面倒を避けている場合もある。

 例えば、暴力行為で負傷した人を治療したら後で警察から聴取されて面倒とか、もっと面倒なのは殴り合いの喧嘩をして逮捕された者を治療したさい傷を見逃したと責められ、実は後から取り調べのさい警官から殴られた傷だったなんて場合は潔白を証明するなら国家権力を敵に回すことになってしまう。それで東京警察病院の医師が治療をしなかったと問題になったことがある。


 また、他の医師がしくじった後始末で治療したら、しくじった医師が裁判に訴えられた時に証人として呼び出されることがあり、理系の人とくに医師によくある社会的な場に出たがらない引き籠りオタク体質の人にとっては、裁判で証言するなどカラオケボックスで唄ったことしかない人にコンサートホールで観客の前で唄えというのとも同然であるから、冗談じゃないというわけだ。

 さらに、しくじった医師が、後始末した医師に責任を押し付けようとすることがあるから厄介である。防衛医大がそうだった。後始末したのは東京警察病院だから、悪いのはどっちか裁判の場で明らかにしようと言ったら、国が難色を示した。裁判で自衛隊と警察に対立させるなど、国としては避けたい。それで、すべては担当した医師の責任ということにしてトカゲの尻尾切りであった。


 こうしてみると、無責任で情けない医師が少なくないけれど、いろいろ大変だったり気の毒だったりで同情したくもなる。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年8月19日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年8月20日

 スリランカの女性が死亡した問題で、関連文書1万5千枚がほぼ黒塗りで開示されたことを、弁護士らが記者会見で現物を提示して不当性を訴えた。

 

 いつも、情報公開制度で行政文書を開示請求しても、出てくるのは真っ黒に塗りつぶされた書面で、まったく情報公開になっていない。この制度が2001年に始まった当時から批判されていたけれど、それから20年経過しても変わらないどころか、黒塗り面積が広くなっている。




 これについて、前に情報公開が担当だった元公務員が言っていた。

 この制度により行政文書を開示するさい、適切な判断をするため担当部署に専門の担当者を配置するべきなのだが、お役所は情報公開の意義など無関心だから何も解らない人が押し付けられ、判断できないに決まっているから、それなら最も自己保身になる全面黒塗りを選択する。

 そういう構造だそうで、確かに有りそうな話である。


 かつて、防衛医大の裁判のさい、情報公開で開示された黒塗りだらけの書面の中に僅かに塗り残されたうち一か所から深刻な問題が判明して、これを裁判で突いた。(拙書『防衛医大…』ホームページ参照)

 この部分は、一見すると塗りつぶさなくても良いことだったし、その内容も、裁判になっていなければ隠すことがないことだった。おそらく、こちらから裁判に出してから、塗りつぶし残したことを担当者が叱られた可能性がある。

 こんなことがあるから、どこの役所でも神経質になり、ほとんど全部に近い黒塗りにするのだろう。つまり、プライバシーや重要な秘密だから伏せねばならず黒塗りする、というのは嘘である。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年8月17日
  • 読了時間: 2分

 過日、米国の覇権主義に批判的で在日米軍基地問題にも関心を持つ人が、在日米軍なんて日本の安全保障にとって有害無益だが、自衛隊は日本のために働いているのだから、個人的に自衛官に会ったら、そのことを日本人として誇りに思うと言うべきだろうか、と言っていた。


 これについて、先ず、心にもない社交辞令は、空々しくて場合によってむしろ失礼になるからやめたほうがいい、というのはもちろんだが、次に、本気で日本人が誇りに思える仕事を自衛隊がしているのかという疑問がある。

 その点で特に問題なのは、自衛隊が米軍の下請けをしていて、日本国内では日本のためになっておらず、外国に行くと米国の覇権主義のためになっている、ということだ。そして、これに批判的な日本国民を自衛隊が監視している。



 つまり、自衛隊の実態が、米国覇権主義による悪行の手伝いと、それに反対する日本人の弾圧なのだから、在日米軍と違って自衛隊は日本人のために働いているという前提が存在せず、それでも自衛官に対しては誇りに思うと社交辞令で言うべきなのかという、正反対の疑問となるはずだ。

 そのうえで、自衛官は組織の上層部からの命令で働いているのだから、それなのに、あなたたちは国民のためになっていないと言って良いのだろうか、いくら現実でも、それを露骨に言っては失礼にならないか、と考えないといけないはずだ。


 こう問いかけなくても、とっくに解っていると言う自衛官もいる。

 だから、文句があったら国会へデモに行くべきだし、米軍下請け自衛隊で良いと言っている人以外に選挙で投票するべきだ、と解っている自衛官なら言っている。解っていない自衛官や、何も考えていない自衛官もいるけど。

 結論は、相手を見て選んで話すべき、ということだ。


 
 
 
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