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​炬火 Die Fackel 

 もともと「美智子さまで持っている皇室」と言われていたくらいなのだから、その後に困る可能性はいくらでも考えられていた。

 そして報道されているように、やはり跡取りとか結婚とか大変な連続である。いずれは憲法の一条が空洞化するだろうし、そもそも現代にまで続けるには無理がある制度であることは、多くの人たちが言い出している。


 ただSFでは、遠い未来に王政が復活している話があって、しかしそれは昔滅びた血統とは無関係で、便宜上また新しく出来たけれど、昔と同じ一族である意味は無いということだ。

 例えばハインライン絶賛の『神の目の小さな塵』(作ニ―ヴン&パーネル)がそれで、日本の『銀河英雄伝説』には物語の構造など色々と影響したようだ。この「銀英伝」では、こんなセリフが出てくる。

 「16‐7歳の美少女だったら、もっと熱狂の度は上がるでしょう。大衆は王子様・王女様が大好きだから。童話でも正義は王子様・王女様で、悪者はいつも大臣だ。しかし、童話と現実の政治を一緒にしてしは困る」



 もちろん現実の日本で悪者は明らかに大臣だから、それで国民は皇族に目が向いているという部分はあるだろう。

 そして、結婚でもめていたお嬢さまのことが今話題だし、その妹は小さいころから姉と一緒に映っているのを見た人たちから可愛いと評判だったけれど、それで大人になったらまるでアイドルであった。


 また、戦後初めて、結婚で皇籍離脱する女性皇族に一時金を支払わないという。

 これは意向に沿った宮内庁の方針だそうだけれど、かつて「私が選んだこの御方を見てください」の夫が飲み屋のような店をして、元皇族がお酌してくれると繫盛していたらしく、しかし「元」とはいえホステスみたいなことさせて金儲けなんてとんでもないと止めさせて、それで夫の就職を世話して大企業に、ということだったらしいが、そういうことがあったのに一時金を渡さなくて大丈夫かと危惧される。


 そうなると最も現実的な皇室の存続はCGで作ることだろう。

 あのハインラインの『月は厳しい女教師』では、月面革命指導者をコンピューターが作り、理想的な指導者として容姿も声も仕立て、これなら秘密は守られるし晩節を汚すこともない。アニメ『メガゾーン23』では、新宿スタジオアルタの大画面に日の丸に続いてトップアイドルが登場して戦意高揚と軍隊への志願を呼びかけ、若者が続々と釣られるけれど、そのアイドル歌手とは元々非実在のCGであった。

 だいたい、憲法で天皇と皇族は日本と国民統合の象徴と規定されていて、これは非実在であってはならないという解釈は、最初から予定されていないから不可能であるし、今の皇族はテレビメディアに映ることに最大の存在意義があるのだから、皇室御一家はCGで作ってテレビで放送すれば結婚も跡取りも問題なく完璧に理想的である。現実の一族に理想の一家を無理にやらせる方がよほど非現実的である。

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年9月25日
  • 読了時間: 2分

 前に、日本の軍艦に神棚があって、それに出撃のさい手を合わせたが敗戦したという話題をとりあげた。

 これは、司令官が無能で戦術が御粗末では神に祈っても駄目だという証左だが、あと日本の軍艦は欠陥設計だったので、普通なら持ちこたえられる攻撃でも沈没したという指摘がされているから、それなのに神棚を設置して祈って愚かであるし、乗組員は気の毒である。


 そして敗戦後も、靖国神社や護国神社に死者を祀って「国の為に命を捧げた人を讃えるのは当然だ」と言っている。

 それなら簡単だし、金がかからない。外国を見ると、大国ほど補償制度を充実させている。米国と日本を比較すると明確だが、やはり日本の国力の乏しさが判る。それを隠すために宗教を利用するしかないということだ。



 もともと日本では、病気と貧困から信仰が産まれていた。

 これは、医学が遅れていたり医療費が払えなかったりして宗教にすがり、それで駄目なら諦めなさいということだ。駄目に決まっているから、最初から諦めろということ。金が無くて予備校に行けないから代わりに神社で合格祈願したけれど偏差値は低い、というのと同じである。こうして、福祉厚生や教育の行政は批判をかわす。

 

 だいたい、貧困でなく信心深い人は、病気が治るとか入試に受かるとか、そういうことと信仰は別であると言う。

 もちろん、普段から健康と長寿と繁栄と幸福など大きな枠組みで、自分についても他人についても祈ることはするが、具体的なことで自分が他の人と違って成功したいというのでは信仰心ではない。

 それが日本人の多くには解らない。そこへ政治家や官僚たちが付け込むのだろう。

 
 
 

 コロナウイルス新型肺炎のワクチンの件は、基本に感染の防止があって、そのうえで新薬というのが諸外国の対応のはずだ。

 それを日本は、感染拡大を放置どころか「Go toトラベル」やオリンピックなど業界の利権を図って感染拡大のうえで、困ったから「でも新薬がある」という場当たり的な対応をしているから「それでは予防接種を受けたい」と希望しても対応する体制ができておらず、混乱しているのが現状だろう。


 また、これはテレビでも取り上げられていたことだが、職場などで接種を強要とか圧力とかは間違っていないかと司会者が疑問を呈した。

 そしてリモートで医師に質問したら、たしかに厚生労働省も無理強いはしていないと指摘のうえで、まだ不明な点があるから個々の判断を尊重するということで、それは当然だと述べていた。


 あの薬害エイズ事件で「薬に心配がある」と患者が言うのに対し、医師たちは「原因のHIVウイルスは感染力が弱いから大丈夫だ」と自信たっぷりに笑顔で言い、しかし実際には感染して死者も含め大勢の被害者がでて、すると「あの当時は大丈夫だと思われていたから仕方ない」と居直った。

 つまり、間違っていることを自信たっぷりに言っておいて、後で間違いだと判明しても、あの当時はそう考えられていたから自分の責任ではない。自信たっぷりに笑顔で言ったのが何よりの証拠だ。そういうこと。

 とても滑稽だが、これが現実なのである。

 だから、そもそも厚生行政が信用できないし、医師も責任逃ればかりしているので、相変わらず不信感があるということ。


 もともと、製薬会社としては、莫大な費用と長い時間のかかる研究と臨床試験を節約するには人体実験が最適だが、人道的見地から問題である。

 それでホームレスを助けるふりして、どうせ訴えたりできまいと実験台にしたり、ということが過去に告発されてきた。

 あとは戦争。実験台に事欠かず、国家的な財政支援と権力の後ろ盾がある。これにより大きくなった製薬会社があって、特に日本とドイツの会社が有名だ。



 しかし、緊急事態かつ患者が多い今回のような伝染病は、多少の拙速さと慎重さ欠如が大目に見られ、被験者がたくさんいて、安上がりに試せるうえ、国をあげての接種奨励となれば、安く作って多く販売=コストパフォーマンスが良い大儲け、だからビッグビジネスチャンスである。

 おそらく製薬会社としては、戦争が起きたのと同じ絶好の機会だと内心では密かに思っているに違いない。

 だから薬害エイズ被害者団体から新薬の使用に危惧がでたのも当然である。伝染病だから仕方ないが副反応の被害者も既にいる現実から、今は選択権・自己決定権が確率されていないので、これからは拒否権を認めて強制がないようにと声明を発した、ということ。


 このあたりは、薬害と戦争の関係に興味を持っていた人には常識だ。

 だが無関心の人は「薬害の被害者は神経質になっている」くらいにしか思わない。そうではないのだ。

 
 
 
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