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​炬火 Die Fackel 


 対コロナウイルスの新薬は、新薬ゆえの心配が出ている。

 これは当たり前のことだ。もともと新薬は長い期間をかけて確認しなければならないものなのに、緊急事態だから拙速になってしまった。まだ解らないことがある。だから心配しないでいる方が非常識である。

 そして、効果や副作用への疑問が生じる事態も発生しているが、そもそも薬にはそうした心配が付きものである。

 ところが、コロナウイルス禍の深刻さから不安が広がっていため、もともと薬に必ずある心配を否定しようとして荒唐無稽な話が流布されている。



 そこで特にひどいのが「陰謀論」「陰謀説」を持ち出すデタラメである。

 例えば、戦争で悲惨な体験をした人が、そこから軍隊なんて国民を守ってはいない現実を指摘することは、あくまで実体験に基づいた国と権力への不信であるから、陰謀論・陰謀説ではない。戦争の原因について、おそらく軍産複合体が大儲けしようとしたから、などの勘繰りをすることを陰謀論・陰謀説というのだ。

 この常識を踏まえていれば、次のようなデタラメにも、すぐ気づくはずだ。


 医療ミス被害に遭う体験をした人には、自分の子供に医療を受けさせるさい神経質になる傾向は当然だ。

 その一部には、子供に予防接種を受けさせなかった人もいるけれど、これに「陰謀論者」の非難をするのでは、言葉と内容が合っていない。簡単に解ることだ。これは否定するつもりで逆効果になる。

 こんなことするということは、昔からの陰謀説が、ここでも適用できるのではないか、などと思われてしまう。だいたい製薬会社は大企業で、しかも戦争で大儲けして大きくなった会社が世界中に(特にドイツと日本)ある現実から、利権を守るため薬の被害を隠蔽しようとして、金の力でマスコミに世論操作を仕組んでいるのではないか、と。まったく逆効果にしかならない。


 そんな話題のなかで、母親が被害に遭って医療不信に陥り娘に予防接種をさせなかったという女性の話が紹介されていたけれど、これも同じことである。

 まるで、スチーブン-キングの小説『キャリー』みたいに母親を悪者にして語っていたが、そのキャリーのママだって、夫が職場で事故死したのは信仰している宗教の戒律を破った罰だと信じているため娘にも戒律を押し付けている設定であるから、狂信的ではあるが陰謀とは関係ない。

 ついでに、同じ作者の『デッドゾーン』には、聖書のセールスマンをしている男が政治家に転じる挿話があって、ここで彼は聖書がなかなか売れないけれど右翼的な宗教団体の「ユダヤ人と共産主義者の陰謀」という冊子はよく売れたことから、こうした扇動は大衆に受けると気付いて議員選挙に立候補して当選する。

 こうした陰謀論は、大企業が利権のためにする陰謀に比べると非現実的であり荒唐無稽っぽいくらいだが、真偽の判断が正反対になる人も多いのだ。


 こうしてみると問題は具体的な内容である。

 それをレッテル貼り攻撃に利用している輩がいて、その場合、言葉と内容が合致していないのが常なのだ。要注意である。

 
 
 

更新日:2021年11月17日


 衆議院議員選挙の結果について、大手マスコミが挙って野党共闘が失敗したというより悪いことだと有権者たちは判断したのだと喚いている。


 もちろん、数値からすると、これまでのように野党分裂選挙ではありえない成果があり、また当選できなくても惜敗であったりして、あと少し足りなくて標榜した政権交代に失敗したが、与党としては脅威ではあること間違いないという指摘が出ていて、たしかにその通りだろう。

 そして、これを大手マスコミが失敗というより悪いことだと非難するのは、それだけ政権にとって脅威だから止めさせたがっている証拠だと、ある小説家が言っていたけれど、これもその通りだろう。


 つまり、大手マスコミは完全に政権与党に与しているということだ。

 その中で、朝日新聞の天声人語が酷すぎると怒っている人たちがいるけれど、もともと天声人語は酷すぎるものである。

 これは、朝日新聞が天声人語をまともな記者に書かせないからだ。その昔からある指摘を紹介しながら拙書『朝日新聞の逆襲』で話題にしていた(詳しくはホームページ参照)けれど、しかし天声人語を美化している人たちには理解できないというより信じたくないのだった。



 このたび、『週刊朝日』で山藤章二の連載が終了するそうだ。

 かつてその風刺画が右翼団体を皮肉ったら、その親分が朝日新聞で拳銃を発砲し、当人が死んだ事件があった。このときちょうど『徹子の部屋』に出る予定だった山藤章二の収録が見送られた。昔、天声人語は風刺に絡み右翼のテロ事件を煽るも同然のことを書いていた。言論への暴力について朝日新聞が鈍感だったからで、そこからまるで因果応報というべき事件だった。

 そういう問題を拙書は話題にしていたし、そういう関心がなくても天声人語に共感できると言う人は元々むしろ少ないのではないか。


 また、拙書の題名について最初に断っていたのに、正反対に思っている人もいる。

 その勘違いで、もともと『フランケンシュタインの逆襲』『ゴジラの逆襲』などというのと同じだということが、その部分であったのだが、悲観的であるというのは良くないという意見を容れて編集されているので、そこから誤解も生じているのだろう。

 前にも述べたが、『アルジャーノンに花束を』の結末を変えろと作者は言われて断ったことが二度あったそうだけど、それは物語だから結末が大事なのに対して、言いたいことは書いた後に最初とは少々違ったことがあってもやむを得ないということであったのだ。だから本当は死んで墓に埋められていて『朝日新聞に花束を』という趣旨だったのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年11月13日
  • 読了時間: 2分

 今さら「若い人ほど自民党支持」とマスコミが騒ぐ。

 こんなことは昔からのことだ。若い人ほど付和雷同するものだから保守的であるし、親の庇護があって当たり前だった人は社会に出る前はもちろん出てからも現状維持志向である。


 死んだ立花隆も指摘していた。

 産まれてから生活に困っていないで来た若者は社会の不正などに関心を持たないし、田中角栄など圧倒的な力を持つ政治家がいると、どうあがいても強い者には敵わないという諦めの心理が発生する。



 では、親が貧乏だったりして不遇な人は違うかというと、そうではない。

 もともと恵まれていない人ほど、現実を見ようとしない。知れば知るほど惨めになるからだ。これが貧しい人だと、現実を見ても見なくても同じで、何も解らなくなってしまう。しかも、今がぎりぎり厳しい人は、このままでは危ないとは思っても、それで少しでも変わると足を踏み外してしまうような不安や恐怖に囚われてしまう。だから、余裕がないから臆病になり現状にしがみつく。


 ただ、自分さえ良ければと考える人ばかりではない。

 どんなに自分が恵まれていても、そうでない人が世の中にいることを無視しては不道徳だという武士道・騎士道の精神を持つ人はいるものだ。方や、どう見ても恵まれていない人が、生まれつき社会から恩恵を受けているので現状維持が良いと言っている。こんなのは滑稽だが、ほんとうは惨めであることを隠したいのだから仕方ない。


 こんなことは、昔から今まで変わっていないし、未来永劫そのままだろう。

 
 
 
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