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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年12月15日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年12月24日


 どういうわけか、中学生までの参考書と問題集は、一般的な書店に常備されているものなのに、高校生の大学入試を前提とした参考書と問題集は、大手の書店にしか常備されていない。

 そのうちいくつかを買って読んだところ、英語の問題集に、今ではとうに大学入試から除外されている言い回しが載っていた。これはおそらく昔からあったものを改訂している中で漏れがあったということだろう。


 例えばbut forである。

 これは一言ではwithoutになるが、かつて大橋巨泉氏のテレビ番組で、ネイティブスピーカーのアメリカ人高校生も解けない日本の大学入試英語として取り上げられたものとしての代表格である。その当時80年代後半までは大学入試英語で必須だった。もしも知らない大学生がいたら絶対にFラン大であると言っても差し支えないほどだ。


 これらの穴埋め問題をアメリカ人の高校生にやらせたら誰もできない。

 そして大橋巨泉氏と親しいアメリカ人ジャーナリストも、サッパリ解らないと言う。それで正解を言うと驚き呆れて「これは18世紀の英語だ」と言う。こうしたアメリカ人も首をかしげる英語の数々は、すべて中世の言い回しだった。それが昔、入試英語に紛れ込んだまま必須となってしまっていたのだ。


 これでは外国語ではなく入試のためだけの暗号だ。

 そう言われて大騒ぎになり、その後から入試で出題されなくなったという経緯である。ところが、一部の問題集に今も残っていたので、これは改訂漏れとしか考えられない。

 しかし、それで実用英語となったら、金ばかりかかるようになった。民間試験の導入は経済格差で進学に影響すると問題になったら萩生田文科相は「身の丈に合った」進学をすればいいと言い放った。


 結局、異常なのは英語の入試問題というより、そんなことをまかり通らせている日本人の意識のほうなのだ。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年12月8日
  • 読了時間: 2分

 テレビの学園ドラマは、70年代から80年代までが盛りだったと言っていいだろう。

 しかし、70年代にはラブコメディーとかスポーツドラマとか青春物が主流であったのに対し、80年代になると学校教育問題がテーマの学園ドラマが主流となった。この当時のドラマを今になって動画サイトや映像ソフトによって初めて観たという人は、そのころの非行と校内暴力や家庭内暴力の凄まじい描写に驚き、これが全くのフィクションではなく、当時の現実に基づいてのことだと知って更に驚くものだ。

 あの時代の日本は、今と違って豊かで希望が満ちていたと聞いているが、社会が安定していても人は幸せとは言えない時代だったようで、それは何故かと不可解がる人もいる。



 たしかに80年代は今と違っていた。

 なにより今のような非正規雇用が横行しておらず、終身雇用制と年功序列は当たり前だと皆が思っていた。それが社会の主流であると言いうる現実もあった。

 ただし、そうなるためには、その枠内に納まる人材であると証明する必要があり、その最たるのが学歴だったのだ。だから個性や能力を伸ばすための学問など無意味であり、どれだけ忠実に与えられた課題をこなせるかを示すことが重要だった。従って、授業の科目だけでなく部活でも同じことで、不効率な長時間の拘束にこそ意味があるとされ、また生活指導においても、同じ髪形と服装を強いて見分けがつかないようにしておいて名札を付けさせるという、まるで囚人のような扱いを生徒に強いる。

 このように学校は、実質的に強制収容所だったが、これに対して人権無視の管理統制主義という批判があっても、とにかく唯々諾々と従う人材であることが求められているのだから、そんな批判をする方が悪だった。


 これを背景にして、受験戦争は苛烈になる。

 そもそも、受験に失敗しても、学校になじめなくても、人生の中では一部のことでしかないはずだった。それなのに、学歴において落ちこぼれることは直ちに社会からの落伍者を意味するようになってしまった。もちろん例外はあるが、しかし、そのような学歴社会からの落ちこぼれ即ち社会の落伍者という境遇に何かしらの事情によって陥れられてしまった者は、人生への絶望によって家庭内暴力や校内暴力の問題を起こし、非行に走ったりもするようになったのだ。

 

 だから、今のような非正規雇用が横行してなかった昔の時代は良かったかというと、そんなことは到底いえないのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年11月19日
  • 読了時間: 3分

更新日:2021年12月24日

 外国の大学が社会学や経済学の研究をしたさい、そこで日本にある貧困の特徴が指摘されていた。

 これが日本でも一部で取り沙汰された。この指摘とは、日本で貧困に陥っている人たちが、諸外国でよくあるように、麻薬中毒者や移民ではなく、学歴やスキルが無いわけでもなく、政府の政策が原因である、というものだった。それで、なのに国民が我慢しているのか全く声をあげず、それどころか政府を支持しているので、いったいどうなっているのか。そういう問題だった。


 もちろん、普通よくある貧困な人の問題を抱えていなくても、学歴があっても、社会的意識の低い蒙昧な人はいる。

 しかし、真面目で努力もしてきた人が、無策や悪政のため困っているのに、政府を支持し続ける人が多すぎはしないか。それで、いったい日本人は、どうなっているのかということだ。


 そんなことを言っている人たちは、現実を知らないのだ。

 そして、意識の低い蒙昧な人たちを見下して優越感に浸っていたりもする。けれど、解ったようなことを言っているだけでなく、実際に行動すれば解る。ほんとうに蒙昧な人だけでなく、蒙昧なふりをして本心は恐れている人が大勢いるのだ。声をあげれば迫害される。それを目撃して委縮してもいる。


 この間の選挙で、期日前投票のさい生年を記入するのに西暦を書いただけで文句を言われたことは、既に述べた。

 これは何の暦を使用してもよいことになっている。馴染みのない暦に対して、これは何暦かと質問されイスラム暦だと答えたというやり取りがあったならともかく、昭和とか平成とかを書かない人は投票するなと敵意を剥き出しにされる。これが東京でのこと。


 これも前に述べたが、やめておくべきだと言われても強引に開催された東京オリンピックでも同じ。

 その関連商品の売り場に三密が出来ていることを撮影したら、警察が来て大勢で取り囲み、SNSに投稿したのかスマートフォンを検閲させろと迫り、令状もなく憲法で保障された通信の秘密を警察権力が侵害するのかとの抗議に、ここでは人目があるから他所へ行こうと警官は言い、そこで公務執行妨害で逮捕してやると脅す。そのさい集団で殴る蹴るしてやるとほのめかす。このさい来た警官は、他にも東京オリンピック開催反対のデモを監視するため出動したと言っていた。



 こういうことが他にも挙げていたらきりがないほど横行をしている。

 これで逮捕された人たちがいるし、それを見て多くの人たちが恐れている。そしてマスコミは一斉に、政府は正しい、批判する国民は許せない、そんな非国民から投票を受けようとする野党も許せない、と大合唱する。それで金をもらうヤクザな商売をしているマスコミ人もいる。


 だから日本の国民は、奇妙にも満足しているのではなく、恫喝されて恐怖しているのだ。

 これが信じられないという人は、自分も行動してみることだ。そうすれば簡単に解る。しかし、多くの人は怖がって何もしないのだ。その言い訳に、信じられないとか、そんなことあるわけがないとか、逃げ口上を発したり、権勢に媚びたりするのだ。


 
 
 
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