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​炬火 Die Fackel 

新卒向け就職情報サイト「就活の教科書」が掲載した「【底辺職とは?】底辺の仕事ランキング一覧」などの記事に批判が相次いだという。

 これは「職業差別を助長する」というもの。この指摘をうけて運営会社はサイトから削除した。



 この底辺職とは12種類の職業で上から

 「土木・建設作業員」

 「警備スタッフ」

 「工場作業員」

 「倉庫作業員」

 「コンビニ店員」

 「清掃スタッフ」

 「トラック運転手」

 「ゴミ収集スタッフ」

 「飲食店スタッフ」

 「介護士」

 「保育士」

 「コールセンタースタッフ」


 その特徴とは、肉体労働、誰でもできる、同じことの繰り返しであることが多い、平均年収が低い、結婚の時に苦労する、体力を消耗する、だった。


また、「社会にとって必要な仕事」「必須の職業」としながら、「底辺職に就かない方法/抜け出す方法」や「未経験でも採用されやすい職種」などを紹介、「世間一般的に言われている底辺職について解説しましたが、何を底辺職と呼ぶのかは人それぞれです」とはいうものの「底辺職と呼ばれている仕事は誰でもできる仕事である場合が多いです」と説明のうえ、底辺職と呼ばれる仕事に就きたくなければ「スキルや資格を身に付けることが重要です」と結論していた。


 このサイトを読んだ人たちから、「職業差別」、特定の職業および従業者を「バカにしている」などと非難の声がSNSで巻き起こった。

 このためサイトの運営会社は記事を削除したというわけだ。


 このTwitterでの批判は読んだことがある。

 また、挙げられた職業に就いている人が、自分は好きでやっているのに、あたかも社会の落伍者であるかのように言われて気分が悪いと言っていた。


 ただ、昔は「ソ連・中国では職業が平等。だから社会主義は駄目なんだ。底辺から這い上がろうと努力するから個人も経済も向上・発展するのだ」と言われて職業差別は正当化されていた。

 同時に、綺麗事の建前として「職業に貴賤は無い」などと言われたものだった。


 つまり、本音の部分を露骨に出してしまったのが、この就職情報サイトの失敗だったのだろう。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年6月15日
  • 読了時間: 2分

 少子化の影響で有名予備校が経営難に至っているそうだ。

 かつてマスコミが「受験戦争」と騒いだことが頂点に達する時期の七十年代後半に、弓月光の『エリート狂走曲』というマンガがヒットした。単行本で全七巻だったし、八十年代に入ってから続編や派生(スピンオフ)の話まで発表されていたから、好評だったことが判る。

 その物語は、小学生にまで及んだ受験戦争に巻き込まれた主人公を巡って、学園ドラマ・ホームドラマ・ラブコメディーが合わさったものだった。


 ここで、主人公が受験戦争で苦労している一方、親の金で将来は安泰だという同級生が出てくる。

 そして彼は、勉強している同級生を尻目にノンビリとマンガを読んでいる。親に金があって、莫大な寄付金を払い込んでくれたから「悪名高い」私立医大の付属に行くと決まっていて、将来は医師になる予定である。これに主人公は「病気になっても、お前のところには行かない」と言い、すると言われた方も「僕も、それが賢明だと思う」と平然と言う。


 その後、中学生になった二人は街で偶然に再会する。

 受験で苦労した甲斐があって中高一貫校に入っていた主人公は、その医大の付属に行った同級生が、今でいうヤンキーたちと一緒に遊びまわっているのを見て驚き、また、そのヤンキーの仲間はみな付属校の同級生たちということに更に驚き、とても医者になるようには見えないと言って呆れる。

 こういうことは、実際に昔からあったことだ。


 もっとも、弓月光作品は基本的にラブコメだ。

 だから、シリアスな題材が出てきても社会派ではなく、甘味を強調するため塩を少し入れるように、ギャグを強調するためリアリズムを沿えていて、その塩梅が絶妙の名人芸であるから非常に面白かったのだ。

 ただ、受験にまつわることはすべて現実にあったことで、パロディも豊富、例えば模擬試験の話で「三谷中塚進学教室」が出てくるけれど、後に高田馬場で「四谷大塚進学教室」を実際に見て笑ってしまったことがある。



 ただ、笑ってばかりもいられないことがある。

 その、勉強せずに親の金で医師になる人は、当時から社会に不安をもたらしていて、それから実際にトンデモ医師がトンデモ診療などをやらかすなど人命にかかわる深刻な問題が起きている。

 また、今も変わっていないのが、不良医学生たちが集団で婦女暴行事件を起こすなどして、それでも金持ちのボンボンたちだからと司法も甘い対応であることだ。

 
 
 

 先日、俳優ウイルスミスが、アカデミー賞の式典で激怒したことで騒ぎになっていた。

これは、彼の妻が丸刈りのようにしているのを、映画『GIジェーン』の続編に主演すればいいと揶揄されたからだった。

 この映画の主人公は軍隊に入ると、女性なのに髪を伸ばさず厳しい訓練を受けるが、ウイルスミスの妻は病気で脱毛症になっていたから、おしゃれできず気の毒なのに、この事情を知らずに冗談のネタしたものだから、夫が怒ったわけだった。


 この『GIジェーン』は米兵一般を表す「GIジョー」を捩ったものだ。

 また、バービー人形の男の子向けみたいにして兵士の人形「GIジョー」という玩具があった。日本にも輸入されたが、1960年代前半(昭和30年代)の産まれでないとリアルタイムで知らないだろう。自分も小さい頃に近所のお兄さんの家で見たことがあるだけだ。


 ちょうどその当時は、ミリタリーの玩具が普通だった。

 また、テレビやマンガでも、戦争が無邪気な活劇となっていた。これが衰退したことには色々と事情があって、その一つとして歴史上の戦争を軽々しく考えたり暴力を美化したりはいけないという批判があった。あくまで一つの事情である。

 ところが、いくら昔のことだから知らないとはいえ、左翼が騒いだと言っている人たちがいる。だから、そんな事実は無いと指摘のうえデタラメは止せと言っていた人がいる。


 それに、こういうことを批判する人を左翼は嘲笑していたのだ。

 だいたい、そういう批判をしていたのはPTAなどの主婦たちだった。戦争や暴力を美化しては教育上問題だと言っていたのだ。テレビやマンガが暴力的とか下ネタを扱っているとか、お笑いで食べ物を粗末にするとか、そういうのは不道徳で教育上問題だとやり玉にあげていたけれど、これと一緒であった。

 それより、時代劇や刑事ドラマで犯罪と戦うため正当化される暴力は、権力を纏っているからより深刻な問題なのに、なぜか批判しない。皇室報道は、戦争に利用された権威という問題を忘れさせて、童話の王子様お姫様のように美化されているけれど、その問題に気づかないどころか芸能と同じ感覚で楽しんで、まんまとプロパガンダにのせられている。

 だからPTA主婦はイノセントで蒙昧だと、左翼は笑っていた。



 笑っていたのは左翼だけではない。

 そうしたPTA主婦の子供たちも、高校生さらに大学生となると、親の蒙昧さに気づいて指摘するようになるが、聴く耳持たないというより聴いても理解できない。テレビを見ないで勉強しないさいと母親が言うので従ったら、勉強したから多少は知恵がついて気が付いた。母親こそ勉強しないでテレビばかりで、それが娯楽としてのことだけならともかくプロパガンダに洗脳されているのだということに。


 
 
 
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