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​炬火 Die Fackel 

 共同親権はDVや虐待の促進が危惧されている。

 しかし自民党の伝統的な価値観からするとDVや虐待は家長の権利である。だから批判する方が間違いということになる。

 だから前に紹介したとおり、DVで人権擁護委員に相談したら、その委員は自民党の市議会議員で、地元の寺の住職で、自他共に認める生臭坊主で、読経のように「む~にゃ、む~にゃ」という調子で延々と、夫の壮絶な暴力で苦しむ妻に「人生に最も肝要なのは忍耐である」と説いたように、これが自民党のスタンダードである。


 だから自民党は宗教団体に支援されているのだ。

 ここで前に、生活保叩きを売りにする片山さつき議員は仏教界の支援を受けている事実を挙げたが、あの人が最初に立候補した時は集票に苦労していて、それが仏教界の組織的支援により当選できるようになり、普段の上から目線とは打って変わって土下座している写真も公開されていた。

 その元夫である舛添要一もと議員は、もともと片山さつき議員が弱いもの虐めをしたがる人柄ではなかったと証言していて、ウケるからと後になってからやるようになったのだろうと推測していた。と、いうことは、支援団体である仏教界の意を受けてのことだろう。


 とりあえずDVから逃れたい女性にとって困ることがある。

 特に小さい子供を抱えていたりすると、まず住むところからして困る実態があり、生活苦にも陥れられる。ここでセーフティーネットの存在が重要になる。

 だから、形だけの家族と男尊女卑を維持したい封建的価値観にこだわる宗教団体としては、生活保護叩きは必要不可欠なのだ。片山さつき議員の人間性が批判されることばかりだけど、そもそもは支援する宗教界の体質が先ず影響しているのだ。



 共同親権は離婚の妨害だと言われる。

 そのような不備があると言わるが、そうではなく故意だろう。それが目的であり、そうしたいのは狂信的な宗教団体の意向があるからだ。

 いくら統一協会のことで騒いでみても、他の宗教団体が同じ価値観で圧力をかけ続けているのだから、一向に変わらない。それどころか悪化している。

 そうなるのは選挙で組織票が相対的に強くなる投票率の低下があるけれど、それを煽っているのが前に取り上げた投票率低下を煽るテレビである。テレビも宗教団体の圧力に弱いことは周知のとおりだが、さらに番組製作会社で働いている人たちの程度が低いから、自分で解らないからと世間一般も解らないことにしてしまい、無関心へと誘導するのだ。


 つまり、DVや虐待を無くしたいなら、共同親権を批判すると同時に宗教とテレビも批判する必要がある。

 
 
 

 残念ながら鬼籍に入ってしまった野村佐知代がもう少し生きていたら。

 もちろん、小池百合子の学歴詐称疑惑について、マスコミがコメントを取りに行ったはずで、ここで彼女は何と言ったか興味深い。タレント議員にと誘われて選挙に出たが、このときにコロンビア大学に留学したと広報したので学歴詐称疑惑が持ち上がったからだ。

 このさい、米国に留学したけれど大学の講義を理解できるほどの英語が身についていなかったから卒業は無理だったと言った野村佐知代は、留学したけれど卒業したとは言ってないと抗弁していた。


 これはテレビドラマの脚本家の話。

 この売れっ子のシナリオライターは、自分の経歴について「中央大学法学部を中退して渡米しUCLAで学ぶ」と広報していて、学位を取得したとは言ってない。これは落合信彦と同じだが、落合信彦は留学ならしたらしい。

 余談だが、落合信彦というとケネディ大統領暗殺の謎についてつづった『二〇三九年の真実』を読んで、良く調べたものだと思っていたけれど、ここで彼がインタビューしているジムギャリソン検事が既に追及したことの受け売りだった。それがオリバーストーン監督によって映画化されて、元になった著者も出版され「なーんだ」ということになった。落合信彦の著者は皆こんなものであると言われている。

 さて、このシナリオライターを知っている人によると、渡米は本当だが遊びに行ったのであって大学で勉強したはずないと言っていた。学位を取得したとは言ってないが、学んだというのも怪しいとのことだ。


 ところが小池百合子は主席で卒業したと言っていた。

 そして選挙の広報にも卒業だと載せていた。どう見ても卒業しているわけがないのに。これは買収で卒業の形にしてもらうことが横行するカイロ大学だからで、そのため都がエジプトに偏った対応をして莫大な税金が浪費されたということの方が問題になっている。

 これについて野村佐知代は何と言うだろうか。



 「自分が出たと言ったら出たのよ」

 と、あの口調で言っただろうか。そして脱税のことで息子に、国税局から問い合わせがあっても「英語しか解りません」と言って惚けなさいと指示したことを、その息子が呆れて記者会見で話したことから野村佐知代は脱税と隠蔽で逮捕され執行猶予つき有罪となった。

 なら小池百合子は日本のマスコミから取材があったら「アラビア語しか解りません」と言って惚けるように頼んだのだろうか。



 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年4月6日
  • 読了時間: 2分

 先日、「ポジショントーク」という話題を取り上げた。

 これは飽くまで流行語であるから定義は不明確である。ここで話題なのは、社会問題を語っている人たちのうち少なくない者が、特定の立場から発言していれば意味があると錯覚して楽しんでいるだけ、という指摘があったことについてだった。こんな人たちは、社会について考えはおらず、社会を良くしたいという気持ちも無い。

 そして、その立場をセクトとか党派とか呼ばれるものと同一にして、仲間または支持者がいると思い込む。


 この典型が「ネトウヨ」であることも、よく言われることだ。

 そして「リベラル」を標榜している人たちにも似通った特徴があり、前から「反自公ネトウヨ」と呼ばれてきた。これに反発している自称リベラル派を観察していると、いくら反発したところで実際に当人がネトウヨと全く同じ思考や発想をしていることが判る。

 これと共通しているのが反カルトの人たちである。



 カルト追及する集団について「ネトウヨ団」と言った人がいる。

 これは統一教会などを追及している「 自称ジャーナリスト」などが、同団体と癒着する政治家が多い自民党を批判していても、あくまで反自民であって体質はネトウヨであるという話だ。なぜそうなるかというと、カルトへの批判がまさに「ポジショントーク」だからである。

 なので、宗教団体の活動を社会問題として個別に考えるのではなく、すでにカルトとして定評のある団体だから非難し、そのための材料を集めているにすぎない。だから、そこでしばしば牽強付会も行って御門違いの誹謗までしている。


 そして無関係のことまで同じ物差しで測る。

 例えば薬害について。これは問題があった個別の薬品を具体的に検証する必要があるのに、それを、自分はカルト追及しているから科学万能主義に寄って立つという単純で杜撰な発想をする。

 これだから、かつてのスモン病など昔からの薬害事件について少しでも一般教養として知っていたら有り得ない御粗末さを発揮して、「公式見解」を鵜呑みにしたり、御用学者に対する疑いすら持てなかったりで、そんな自らの醜態に気づくことはない。


 それでも、ポジショントークを楽しむ人には、ちょうど良い退屈しのぎなのである。

 
 
 
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