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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年10月30日
  • 読了時間: 2分

 島耕作のシリーズは荒唐無稽と言われてきた。

 同じ講談社から出ている『ナニワ金融道』の青木雄二も、島耕作がろくに残業せず仕事と昇進は順調というのが非現実的だと言っていた。

 あれはサラリーマンの夢物語だ、と漫画の批評で呉智英が言い、それにしても例えば島耕作が道を歩いていたら気分が悪くなった老人を見かけて介抱してやり感謝されるが、その老人とは次の取引先の会長だったので商談が円満に成立する、など、まるで少女漫画だと呆れていた。


 島耕作なんて噓八百。

 それが世間一般の認識だから、それで嘘を描いても大丈夫だと、講談社の担当者は考えていたのではないか。しかし内容からして大丈夫なわけがない。

 すでにテレビで同じ嘘を垂れ流してBPOが虚偽放送だと認定し、番組で名指しされた人が訴訟を起こし、虚偽放送で名誉毀損という判決になっている。

 それとも島耕作だから嘘でも良いと思ったのだろうか。



 東京スポーツは訴えられて堂々と嘘だと認めた。

 そして雇われた弁護士が法廷で、『東スポ』の記事を読んで真に受ける人は居ないから名誉毀損の損害は無い、と堂々と言ったから、原告も裁判官も啞然としたことがある。それでもあくまで損害が少ないということであり嘘は違法だと『東スポ』は敗訴している。

 なのに講談社は、甘く見ていたということか。


 確信犯という見方も出た。

 弘兼憲史は防衛省の広報に協力している。金をもらっているのは手前の方だったというお粗末である。それで金なんかもらっているはずが無い人たちをもらっているという嘘で貶めた。人間の屑とは弘兼憲史のことだ。

 雇った防衛省も、完成しない埋め立てで安全保障に役立たないどころか損害なのに、セメント業者らは儲かるという基地建設に邁進している。幹部自衛官で業者に天下りする人がいそうだ。国のためではなく自分だけ金にする為だ。

 まったく雇う方も雇われる方も「国賊」である。

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年10月22日
  • 読了時間: 1分

 島耕作のデマ工作で講談社に抗議。

 10月21日の午後6時30分から7時30分までのこと。文京区の護国寺駅前。

 『ニュース女子』というテレビ番組のデマでBPOでも虚偽放送と認定され、訴訟でも敗訴したというのに、同じことを漫画でまき散らす最大手の出版社。







 この抗議行動を、すぐ近くの警察署から来た警官も見に来て、通行人が来ると交通整理をしていた。


 抗議の様子を伺う講談社の人たち。

 自分らが夜遅くまで仕事しているのだから、島耕作がろくに残業もせず取引も昇進も順調という荒唐無稽さには気づいていたはず。

 それでいて今度は権力の横暴に抗議する市民を、権力と癒着して利益にしている大企業の側から嘘で中傷誹謗した島耕作。

 おそらく作者の弘兼憲史は、権勢に媚びて弱者を貶める嘘なら大丈夫だと思っていたのだう。それで抗議を受けたら謝罪した。





 昔のことで、ある同級生が言った。

 弘兼憲史は新進党あたりから選挙に立候補しそうな奴。政治に俄かな関心だけで勉強せず無知なまま一家言を持ってるふりして、権勢に媚びているだけなのに保守ながらも改革者だと気取って見せている、という態度。描く漫画を読んでも他の発言でも。

 まあ当たっている。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年10月9日
  • 読了時間: 3分

 老人は、大資本や公権力に支配されている新聞とテレビを鵜吞みにしている。

 それだけ価値観が古い、という批判や嘲笑をされて、すると、インターネットのようにデマや陰謀論が無いだけマシだ、と言って反論というより単純に反発している老人を見ると、歳はとりたくないと心底から思う。

 今の老人が、まだ老人ではなかった当時、インターネットは無かった。しかし今でいう陰謀論やデマはあった。これは新聞とテレビと雑誌が堂々と流布していた。これを否定するため、正しい情報を提供するならともかく、正しいか否かではなく都合が悪いからと否定するためだけの為にレッテル貼り攻撃することも、新聞とテレビと雑誌の御用記事によって行われていた。


 コロナウイルスの問題でも昔と同じだ。

 それによる急な需要でマスクが足りなくなったら、あちこちで買い漁っている老人たちがいた。この世代の人たちは、かつて石油危機のさいトイレットペーパーが無くなるというデマに踊らされて買い漁っていたものだ。それを若気の至りでメディアリテラシー欠如だったと反省することなく繰り返していた。

 あの石油危機とトイレットペーパーはデマだったが、そこであった便乗値上げと物品隠しが問題になったさい、それで批判された企業を擁護する御用のマスコミがいた。そういうことに、無関心だった人たちが、同じことを繰り返しているのだ。


 他にも例えば関東大震災の時のこと。

 「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマで自警団が結成され、殺された朝鮮人と、朝鮮人に間違えられて殺された日本人がいたけれど、この時代にはもちろんインターネットなんて想像を絶する時代である。あれは警察官僚が新聞に流した「官製デマ」であった。

 その犠牲者を東京都が追悼してきたのに、今はこの追悼を断固として拒絶する都知事がいる。この他にも都の財産を一部の大企業に提供するなど酷い政策だから、選挙で落そうとすると、対抗する候補者の票を分断するためインターネットで大規模な工作が大金をかけて行われ、これが成功して現職は三選された。

 このように時代によって道具が違うだけのことはたくさんあるし、デマは公的機関からも発せられて、その場合は大規模になるし、中身も悪質である。



 それを解らない老人が、いつの時代にもいる。

 かつて赤ん坊がコインロッカーに捨てられていたという話に「最近の若い女には道徳が無い。昔は子供をコインロッカーに捨てたりしなかった」と言って憤り、ただ昔はコインロッカーが無かっただけで捨て子は昔からあったじゃないかと呆れてられていたものだが、それとインターネットも同じことである。

 そして、コロナウイルスの予防接種を唯々諾々と受ける老人が、マスコミや広報を鵜呑みにして自分で考えてないと指摘されると、話をすりかえて、インターネットのデマや陰謀論にはまるよりマシだと反論している。そのうえで、何度も接種を受けたと自慢げに語りながら、公式発表を素直に受け取っているとか、専門家を信用しているとか、得意になっている。そうやってリテラシーが欠如している自分を正当化したうえで、自分の頭で考えられない自分を欺いてしまっている。


 かつて自分が老人じゃなかった当時と今と比較して本質を見極める能力が無い人は、いつの時代もいるものだけど、今の老人の世代は特に酷すぎるのではないか。

 
 
 
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