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​炬火 Die Fackel 

更新日:2024年4月15日

 「スターバックスコーヒーはイスラエル支援企業」

 そう言ってボイコットしている人たちが昔からいる。そしてイスラエルによる大虐殺が世界的非難を浴びている時、立憲民主党の塩村あやか議員がコーヒーを飲んでいる自分の写真をSNSに掲載し、そこでスターバックスコーヒーのロゴをレンズ側にむけてはっきり映るようにしていたから、なんと無神経または無知と批判されていた。

 実際にスターバックスコーヒーがイスラエル支援企業であるかは、ただの噂だと言う人もいたし、本当だと言う人もいたが、どちらであれ塩村あやか議員が何も考えていないことは確かだ。他のことでも無知や不見識を露呈させまくっている人だから。


 それ以前に、スターバックスコーヒーを飲む人の気が知れないわけがある。

 そもそもスターバックスコーヒーって不味い。正直な感想を言う人たちは、みんなスターバックスコーヒーなんて美味しくないとか、不味すぎるとか言う。あれはファッションとして成功しただけ。

 それで、スマホで撮ってバツ(エックスともいう)に投稿して「スタバなう」なんてやっている人がいる。こんなのを見かけると実にバカっぽい。もっともSNSで「~なう」なんてのは何でもバカっぽいが。




 また、「ドトール」の運営会社が悪名高いNHK記者だった岩田明子を社外取締役に内定して、こちらも不買運動が起きている。



 ところで、コーヒーそのものを飲むのをやめようかと思案中。

 これは義理の姉の娘が言って実行していることだ。コーヒー紅茶は歯が汚らしくなるから飲まないと言う。これは本当に染まってしまう。

 そして、歯科衛生士から、タバコを吸わないのにヘヴィースモーカーのようだと言われるから、コーヒー紅茶を飲まなければいいけれど我慢できるだろうかと悩んでいた。

 しかし、酒と同じでコーヒー紅茶も必要なものではないし、余計な出費にもなっているし、くつろいでいる気になっているのは錯覚だと気づいてもいる。


 また、美容的見地から若い女性が歯を気にするだけではない。

 これは年齢性別に関わらず、タバコのヤニと同じくコーヒー紅茶による染みが付いた歯は悪印象である。実に汚らしいのだ。コロナウイルス新型肺炎のためマスクしていた時は良いが、今は外すこともあるのだから、歯が汚らしいのは恥ずかしいし、見た人に不快感を与えるだろう。

 それで、コーヒー紅茶なんて必要不可欠ではないから、いっそのことやめてしまおうと考えているのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年3月14日
  • 読了時間: 2分

 歳をとると眠れなくなる。

 だから、老人はやけに早起きだと言われる。これは身体が衰えてきたので休眠の機能も悪化しているという説がある。

 そこで、漢方薬を使えば良いと考える人たちもいるわけだ。


 しかし睡眠時間が短くて済むのは結構なことだ。

 これは熟睡しているからであり、きちんと休養できることで時間の節約になるなら理想的である。また、熟睡していると夢を見ない。そこで悪夢にうなされることが無くなる。

 この夢には意味があると言われる。記憶の整理をしているらしい。その必要が無くなったのは、いちおうの整理がついたということである。


 もっと睡眠時間は短くて良いと言う医師がいた。

 もともと寝るのが好きな人は別にすれば、身体が成長するために眠る時期を過ぎたら、普段から落ち着いた精神状態でいれば睡眠時間は短くて良い。それなのに長く寝ないと辛いのは、精神的に何らかのキツイ状態である。

 だから、普段から生活の質をよくしておけはいいということだ。


 そこで問題なのは記憶の整理である。

 このさい夢になるのだが、それが無い人もいる。小さい子供のように長く寝る必要がなくて、しかし記憶の整理も無用なのだ。だから、まったく夢を見ないので夢って何だと真顔で言い、睡眠時間は短い、という人がいた。

 これは、ここで時々話題に出した発育障害の人である。精神構造が極めて単純だから。それと違い普通の人は、記憶の整理がついて睡眠時間が少なくて大丈夫ということだ。


 つまり睡眠時間は気にしなくていい。

 羊を数えなくていい。長年にわたり記憶の整理が出来て完成に近づくほど、寝る時間が短くなる。ということなので、寝る時間が減ったから不健康と心配することは無い。

 そして寿命の残りが少なくなるけど寝なくて大丈夫になってくるのだから、仕事でも趣味でもたくさん時間をかけられると思えばいい。だから薬は要らない。夜寝る時間とともに悩みも減っているのだと思えば気楽になると同時に頑張ることもできる。

 ただし、これは精神構造が単純な人には当てはまらない。当然のこと。




 
 
 

 政治と金の問題について。

 これは昔から言われていたことだが、これについて田中真紀子の発言が面白かった。「政治には金がかかる」と訳知り顔で言う政治評論家みたいなのがマスコミに出ているので、そのさい「あんたたちがいるからだ」と言ってやったそうだ。

 つまり、そんなマスコミ人たちが、たかるからというわけだ。政治家がマスコミを買収してもいるが、その前にマスコミ人たちの方から寄って来ることもあるだろう。

 これは考えてみたら当たり前である。




 その訳知り顔の受け売りをする庶民もいる。

 その中で、前に普通の主婦が言っていたのが忘れられない。ちょっと得意になって「政治にはお金がかかるんでしょう」と高圧的な感じだった。それだけなら、よくあることだ。

 ところが、この人は他でも例えば親に虐待された話をする人に険悪な顔をして睨みつけて「でも育ててもらったんでしょう」と言っていた。

 いうまでもないが、そんなことを言ってしまうのは、親子とか家庭とかの構造的な問題について無知だからだ。



 だから共通点がある。

 苦しむ庶民がいるのに「でも政治にはお金がかかる」と言って腐敗政治を正当化してしまうことは、親に虐待された子供の話で「でも育ててもらった」というのと同じ仕組みの発想で、物事をあまりにも単純に捉えてしまうことによる。例えば戦争などで食料が不足しているというけれど庶民は痩せこけて無いじゃないかと言うようなものである。闇で買って食べていたとか色々あるからなのは少し考えてみれば解るのに。

 これが小学生か、せいぜい中学生ならともかく、大人になっても相変わらずの人はいるものだ。ただ、そう多くないだろう。


 ただ、この発想をする主婦は可哀想に思えた。

 おそらく、自分の子供に対しても、大した額でもないのに、また愛情が乏しいのに、金かけて育ててやったと思っているのだろう。実際に息子の態度が面白くないと、よく言っていた。そのさい自分は悪くないと言う調子だった。

 
 
 
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