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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年11月14日
  • 読了時間: 4分

更新日:2021年11月18日

 過日、同じ高校の同級生で最も仲良くしていた男が、その高校当時に共通して仲良くしていた同級生の思い出を語った。

 これを聞いて思い出したことがいくつかある。


 その共通して仲良くしていた同級生とは、高校2年の時に同じ組だった男である。彼は卒業した翌年に交通事故で死亡した。享年19歳であった。

 この直後、偶然にセブンイレブンで、店員のアルバイトをしている同じ組だった女とバッタリ会った。空腹の間に合わせに弁当を買ったところカウンター挟んで互いに「あれ」「あら」という具合になった。そして弁当を電子レンジで温めている時に、彼女が「K君、死んじゃったのね」と言うので「その事故、新聞の地方版に載っていた」と。その話題については、これ以上の言葉を交わさず、ただ残念という雰囲気であった。

 

 あの時、最も仲良くしていた男は、死んだKと自宅も近かったので葬儀にも出た。

 その時の話を彼から聞いた。それによると、他の同級生から電話で誘いがあり、ちょっと出かけて来ると言って行き、それが最後だったと母親が言っていたそうだ。そのあと警察から連絡があり、心配して病院に会いに行くつもりが、そうではなく安置室に見に行くことになってしまった。即死だったのだ。

 この話をしているお母さんが不憫だったと、その同級生は言っていた。


 その後、さらに他の同級生からも話を聞いた。

 この同級生も高2の時に同じ組だった男だ。彼は田舎者で見るからにダサイ男である。彼からは卒業後に、あのコンビニ店でバイトしていた女について、何度か言われた。「彼女は高2の同じ組だった当時から、おまえに好意を見せていたのに、なんで付き合わなかったのか」と。

 それはなぜかというと、こちらは他の同級生で相思相愛の女がいたからだ。中学から同じだった。他の男からけっこう人気があるので妬まれそうだったから隠していただけ。それくらいの水準で、少なくともそのダサイ同級生の男とお似合いの1学年下のダサイ彼女とは月と鼈だった。しかし在校時はもちろん卒業後も言うわけにいかなかったというわけだ。ただ、こちらの彼女とは卒業後に行く道が違って疎遠になったが。


 そんな今だから言える話はともかく、そのダサイ同級生は、Kを誘った方の同級生と卒業後も付き合いがあったので、それを介して話を聞いたというのが本旨である。

 その事故を起こした同級生は、Kを誘って親の所有する自家用車を運転して出かけた。そして、運転免許を取得したばかりで慣れていないのに制限速度を遥かに超えて飛ばし、運転を誤って衝突事故を起こした。これで同乗していたKは即死だった。運転していた方は、重症を負ってしばらく入院しなければならなかったが命は助かった。そして、よく運転免許証の講習で見せられる映画とは違ったという。

 そうした映画は、だいたい無謀運転して事故った男が、包帯だらけの姿で死んだ同乗者の葬式に行くけれど、遺族から参列を拒否されて香典も突き返され、惨めに帰るという寸劇である。



 ところが、その事故を起こした同級生は、自分で誘い事故って死なせた同級生のことなど意に介していない。これに、見舞いに行ったダサイ同級生は大いに呆れたそうだ。

 その両親は、死んだKの両親に謝りに行ったけれど、そんなことバカ息子の知ったことではない。病室で親に向かって、腹が減ったとか退屈だとか言ったうえで「タイ焼きじゃねえよ。タコ焼きが食いたいんだってば」「買ってこいってのはヤングジャンプじゃなく少年ジャンプだっての」など、バカ丸出しの我が儘ぶりであった。

 もしかして、事故の時に頭をぶつけてバカになってしまったのではないかと訊いたら「いや、あいつは元々あんな性格だよ。たまたま事故で露呈しただけだろう」とダサイ同級生は言った。


 それで、最も仲良くしていた同級生は、Kについて不可解そうに言った。

 「彼はとてもしっかりした人だったのに、なんであんな人と卒業後も付き合っていたんだろう」と。たしかに謎である。

 とにかく、悪い同級生との腐れ縁は切るべきではあること確実だ。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年9月19日
  • 読了時間: 2分

「買い物アプリ」で「ポイント」が貯まるというのは無駄だろう。

 これで「お得感」が得られるという人は、まずいないはずだ。それくらいケチなものだ。しかも、個人情報を官憲に売ると平気で言っているポイントカード会社もある。

 

 かつて「落ちている千円札を拾うな」という格言みたいな本があった。

 これは、そんな特に得したというほどではないことに目を向けると、もっと大切なことから気を逸らしてしまうという意味だったと記憶している。

 これと似たようなことで、十円玉が落ちているのを拾っても、身体を動かすカロリーの消費は10円より多いかもしれないという話がある。



 それを言うなら「買い物アプリ」とか「ポイントカード」とかの方ではないか。

 だいたい、得したというほどではない「シミッタレ」なもので、客に錯覚させて他の店で買われないよう仕向けているだけ。そんなものにかける手間なんて無駄だし、それ以上に意識を向けていることが人生の無駄であろう。他のことを考えていたほうが有益だ。買い物はさっさと済ませる。せいぜい計算とか釣銭とかの間違いだけ気をつけることだが、それだって、前にお笑いネタになっていたが、釣銭で10円足りないと言ったら店員が「10円足りないそうです」と店長に言って、それを聴いた他の客の視線が集まり恥ずかしい思いをしたりする。


 とにかく、もう少し有意義なことを考えたほうがいい。

 なにも、ケチなポイントのことを考える暇があったら天下国家を考えろとまでは言わないが、身近なことでもっと大事なことだってあるはずだ。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年8月27日
  • 読了時間: 2分

 「読書はストレスの解消になる、というのは逆で、ストレスが無いから読書できる。因果関係が逆だ」

 そういう指摘をした人がいる。

 これについて、実にもっともだと言う人も多い。たしかに、ストレスがかかっていると読書どころではなく、ストレスが無いと落ち着けて読書も可能だ。

 今、外出すると感染の危険があるから自宅で読書が良いと言われたりもするが、生活苦の心配があると、それどころではないだろう。



 これと関連するが、前に学費のため働いてばかりだからクタクタという学生の話題がマスコミで取り上げられたが、これに対して、なんで肉体労働をするのかと言った人がいた。

 これは苦学したことの無い人の疑問である。どんなに身体を酷使して疲労していても睡魔に襲われさえしなければ読書できるが、神経をすり減らしていると読書はできない。だから、勉強しながら働くなら肉体労働のほうがマシなのだ。


 あと、両親が不仲で家庭の雰囲気が険悪の人は成績に悪影響することも同じだ。

 わかっていない親は、四六時中夫婦喧嘩しているのではないから、そうでない時にいくらでも勉強できるじゃないかと言う。しかし、修羅場の後で、さて気持ちを切り替えて勉強しようなんて気分になれるわけがない。


 これは高校の時に、大学出たて新人の教師が言っていたことだが、彼の両親は不仲で喧嘩ばかりしているから家で勉強など到底できないので、いつも図書館に行って受験勉強していたそうだ。

 これと違い、中学の時の担任は「性格が歪んでいる」と生徒や父兄からも言われる男だったから、そんな参考になることは言わず、なんだろうと家で勉強しろと言ったり、家庭の嫌な事情を教室で話させるよう授業中に問い詰めたり、それはそれは酷いものだった。

 この、高校の教師は大学の偏差値ランキングで上から何番目かになる大学を出ていて、中学の教師は逆に下から見た方が早い大学を出ていた。


 この体験から人を観察していると、悪い条件を工夫で克服した人と違い、とにかくやればいいと言う単純な人は、他人に思いやりが無いだけでなく自身も大したことがない傾向であった。

 そして、これは読書して心の糧になるかの問題にも関わってくるのだ。

 
 
 
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