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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年8月3日
  • 読了時間: 3分

 ときどき、エアコンから水滴が滴り落ちるのを見ることがある。

 前に、ある飲食店で、飛び散る水滴が服に付いたと客が苦情を言っているのに出くわした。普通は湿気が外部に排出される仕組みになっているけれど、このドレーンが外れていたりすると漏れる。だいたいは室内機のカバーを外して見れば判るのだが、どうしたらいいか知らない人が多い。それで業者を呼んで直してもらうことになるが、異常であると認識してない人も多いから放置ということになる。


 エアコンをつけると室内がかび臭くなることがある。

 これは湿気のためエアコンの内部がカビているからだが、よく対策の洗浄スプレーが売られていて、無駄なのに買ってしまい使う人がいる。エアコンの設定を仕事にしている人によると、水が外部に排出される部分は汚れも一緒になるから必要がないし、そうでない所こそカビと埃が付くけれど、そこにスプレーは届かず、届けようとするならカバーとフラップを外さない駄目で、そうしたなら布やブラシで掃除できてスプレーよりはるかによく汚れが落ちるから意味がない。

 

 それで、今年も自宅のエアコンを分解して掃除した。

 手間のかかる作業だから代行する業者がいるけれど、仕上がりなど不安がある。高くて手抜きの所も実際によくあると聞く。丁寧とか上手とかで作業員の当たり外れもある。自分でやって慣れてしまえば簡単なものだ。障子や襖の張替と同じで、せっかく慣れたのだから誰かにやってあげたくなるものだ。サイドビジネスとしてやってみようかとも思ったりする。

 よく、エアコンのフィルター掃除をしなければいけないと思ってはいるが、億劫でやっていないという主婦がいる。簡単なフィルター掃除でさえこれでは、分解掃除など想像を絶することだろう。



 マイナーメーカーのエアコンを買って困ったことがあった。

 かつて住んでいた場所が、壁に穴をあけては駄目という大家だったので、窓用のクーラーにするしかなかった。ウインドエアコンは非効率だが値段が比較的安い。ところが、買ってすぐに故障してしまった。それでメーカーに電話して修理を依頼したら、たくさんの故障があったうえ人手が少ないから、今は七月の上旬だが修理に行けるのは八月の末になるというふざけた回答だった。買ったばかりのクーラーが故障して夏が終わりそうなころまで治らないということだ。

 このため奨められて買ったデパートに苦情の電話をかけた。そのメーカーは地方の町工場で、その販売を引き受けたが、故障は多く人手は足りないという小さい会社の問題が最悪の形で露呈したのだ。それでデパートは他の業者に委託して修理の対応をしていた。もうこんなメーカーとは取引しないと怒って。もちろん大企業も元は町工場ということがある。そこから発展するまでが大変なのだが、それが駄目だったわけだ。そのさいデパートの従業員が言った。デパートも、だから安心という時代ではなくなったそうだ。だから零細で力のない業者と組んだりもしてしまう。そういう時代に入った時期であった。

 そんなことを、暑い夏には思い出す。

 
 
 

 ウナギが高いからタレをかけただけの飯が売られていた。

 これにより、せめて雰囲気だけでも味わおうということだが、これと同じように、子供の頃、よくウナギのタレ飯を食べさせられたものだ。ウナギは親が食べて、底に少し残った味の付いた飯を、ありがたく頂けと言われて、ほんとうに感謝して食べたものだった。


 これでは子供の虐待ではないかと言った人がいる。

 けれど、大人なら酷いことだと思うこともできるが、子供には理解できない。児童は性的虐待を受けても意味が解らないというのと同じである。



 こんなタレだけ飯が大学の売店で売られていた。

 なんとも情けないことだが、これも御時勢のためだろう。それでも経済的事情を理解できない学生がいて、ふざけたことだと思うことができないわけだ。それだけ未熟ということだ。

 つまり、若い人ほど自民党支持が多いというのも、これと同じことだろう。自分はウナギを食べておいて、その料金を払わされている人たちはタレがかかった飯だけ食べさせられていて、ウナギを知らないからコケにされているとは気づけずに、食べさせてもらったと感謝しているのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年4月19日
  • 読了時間: 2分

 公民館に新聞を読むため毎日のように来る人がいる。

 この人は見るからに相当高齢の男性で、隠居の身らしい。そして、いつもマスクを付けていない。それで目立つが「文句あるか」という顔を常にして見せる。孤独な老人が注目されたがっているようにも見える。公民館の職員が言うには、マスクの強制に反対だから信念で付けないそうだ。だから注意されても聞かない。しかし黙々と下を向いて新聞を読むだけだから、マスクは必要ではない。それで出入り禁止ではないとのこと。

 それなら結構だろう。


 ところが、マスクをずらして鼻をかいていただけで𠮟つける女性の職員がいた。

 それも、指差してヒステリックにどやす。信念でマスクを付けない人が、喋ったりしないから許容されているのに。マスクをしないで喋っていたならともかく。

 これについて、その上司に訊いてみたら、たまたま何かのきっかけで神経質になっていたらしいと言う。そして、他の健康上の事情からマスクを付けられない人だっているのだから、ちょっとずらして直ぐに戻し喋ったりしていないし混雑するなかでのことでもなかったのをキツイ調子で咎めるのは不適切であると認めた。



 だいたい政府の無策や失政を問題にせずマスクで些細な難癖とは滑稽である。

 かつて戦争でも、軍が滅茶苦茶な作戦で敗北の連続なことを問題にせず、国民に対して非常時だから忍従しろと無関係なことまで咎めていたのだから、その元々からの体質が日本は改まっておらず、その反映の一つということだろう。


 
 
 
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