- 井上靜

- 2022年7月30日
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ウナギが高いからタレをかけただけの飯が売られていた。
これにより、せめて雰囲気だけでも味わおうということだが、これと同じように、子供の頃、よくウナギのタレ飯を食べさせられたものだ。ウナギは親が食べて、底に少し残った味の付いた飯を、ありがたく頂けと言われて、ほんとうに感謝して食べたものだった。
これでは子供の虐待ではないかと言った人がいる。
けれど、大人なら酷いことだと思うこともできるが、子供には理解できない。児童は性的虐待を受けても意味が解らないというのと同じである。

こんなタレだけ飯が大学の売店で売られていた。
なんとも情けないことだが、これも御時勢のためだろう。それでも経済的事情を理解できない学生がいて、ふざけたことだと思うことができないわけだ。それだけ未熟ということだ。
つまり、若い人ほど自民党支持が多いというのも、これと同じことだろう。自分はウナギを食べておいて、その料金を払わされている人たちはタレがかかった飯だけ食べさせられていて、ウナギを知らないからコケにされているとは気づけずに、食べさせてもらったと感謝しているのだ。


