top of page

​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年11月2日
  • 読了時間: 2分

 料理にはケチャップかソースか醤油かと言う話題が出ることがある。

 しかし、元々どんな料理も味付けは塩だけでいい。なぜ醤油やソースやケチャップなど余計なものに金を払うのか。どの調味料の味も結局は塩である。

 しかし、素材の味が不味いのを誤魔化すために使う。かつて、ヤマギシ会にいたけど疑問を感じて脱退して独自に農業をはじめた人の作ったものを食べさせてもらったら、調味料など全く不要だった。

 つまり、売っている農産物は味がしないのだ。だから調味料が必要になる。しかし素材が良くないことに気づかないと栄養にも影響する。だから余計な調味料は使うべきでない。



 もちろん、テレビの料理番組の影響もある。

 あれは化学調味料の製造業者が商品を売るためスポンサーになっている。だから必ず使わないといけないかのように思わせる。『美味しんぼ』の原作者である雁屋哲は、女性が正直だから、あくまで化学調味料の使用はスポンサー企業の都合なのに、マニュアルにあるから使うものだと多くの主婦が思い込んでいると指摘していた。

 これに対して、漫才師の島田洋七は、実家が料理屋なのでゲストの芸能人に必ず化学調味料を使わせる番組に出ても、お得意のまくし立てで間伐を入れさせず化学調味料なしで料理を作ってしまったから痛快だった。


 塩で済むのは調味料だけではなく、風呂の入浴剤も同じことだ。

 あれも温まる成分は塩である。だから、残り湯を洗濯に使ってもいいが、植物にやってしはいけないと注意書きしてあるのだ。あとの成分は主に合成着色料と香料である。合成着色料は口にするのでなくても避けるべきだと言う人がいた。


 これは歯磨き粉も同じ。口に入れるものだから、なおさらである。

 また、歯科医師が指摘しているように、香料や清涼の成分でスッキリしても口腔内が清潔になったのではないから、錯覚で不衛生になりがちなので、歯磨き粉は使わないほうがいいくらいだ。

 また、塩入歯磨き粉ではなく安い塩を使えばいいし、歯磨き粉なんて料金のほとんどが容器のコストである。


 とにかく、経済が悪化しているのに余計なものに金を払うのは愚かである。



 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年10月29日
  • 読了時間: 2分

 自分の人生で最大の失敗とは何か。

 そう質問されたら、すべての失敗の原因になっていることがあるので、それだと答える。具体的には、自分の母親が統合失調症であると気付かなかったことだ。

 このため、特に子供のころは親の影響が大きいので、何か失敗すると必ず母親に従ったことが原因だった。



 『ビューティフルマインド』という映画があった。

 これは統合失調症による幻覚に苛まされながら研究を続けた学者がノーベル賞に選ばれるまでの話で、苦労しながら支える妻とのことが中心に描かれている。文学賞が大江健三郎の時だから、それから数年後の映画化である。

 この監督と脚本家は、映画では描かれていないことあると言う。特に妻の大変さには取材したさい驚いてしまった。ハリウッド映画であるしロマンスの要素もこもっているので、どんなに苦労しても最後は報われるという美談に仕立てられているけれど。

 この妻は、夫の統合失調症に気づかず、医師に指摘されても最初は信じられなかった。夫の幻覚に登場する人は、いつも会話で夫が普通に言うので、すっかり実在すると思っていたが、しかし言われてみれば会ったこと電話がきたことも写真に写っているのを見たことも無かった。

 このように、一緒に暮らしていても解らないものである。


 知り合いで、母親が精神病だったという人がいる。

 この人の母親は、朦朧とした表情をして自覚なく歩きまわるなどしていて、いかにも病気だという感じがしたそうだ。

 このようなのとは違い、統合失調症だと、普段は平常であるし、むしろ知的な人だったり性格が良い人だったりする。だから、さっぱり解らない。しかし、次第に悪化して奇妙だと感じるようになる。

 ついに、母親が大真面目に話していることが現実ではなかったと気付いた。どうも変だと思ったら幻覚だったのだ。これに気づいてすべて解決である。しかし、子供のころに気づけなかったのが残念である。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年10月12日
  • 読了時間: 2分

 辞書の編纂に関わる人が言って話題だった。

 飲食店で「ホット」と言えばコーヒーのことで、その意味で自分も言っていたが、飲み物で「ホット」と「アイス」があるのはコーヒーに限らないから、考えてみると奇妙である。

 そういう話題だった。


 コーヒーの他にも紅茶やココアやミルクも温かいのと冷たいのがある。

それは「ホット」と「アイス」を頭に付けて呼んでいる。ところが、なぜコーヒーのことになると、ただ「ホット」と「アイス」なのか。そんな言い方が嫌いだと言う人もいる。不正確だから、当然のこと。


 関西では「れーこー」という略称があった。

 これは次第に言われなくなって、いずれ「死語」となるだろうといわれている。しかし、まだ生きてはいるし、かつては関西の人が普通に言っていた。最初に言われたときは何のことかと首をかしげた思い出がある。その時は関西に行ったことが無かったからだ。

 この「冷やしたコーヒー」の「アイスコーヒー」は、冷やすために入れた氷が溶けて薄まるのを前提に濃くなるようにした豆を使う。だから「キリマンジャロ」とか「ブラジル」とかではない。



 対して温かいコーヒーなら何でもいいという意味で「ホット」と言う。

 そうなると「ブレンドコーヒー」の意味になる。これが、かつては喫茶店業界で通用していた用語である。

 しかしコーヒーと違って、紅茶やココアやミルクについて種類を言うことは、そんなに無い。紅茶なら「ダージリンティー」とか言うことはあるが、特に種類を指定するのでなければ「紅茶」としか言わないので、冷たいのを注文する場合だけ「アイスティー」と言うものだ、

 

 そういう事情がある。

 この、辞書を編纂している人は「辞書とは言葉の意味を説明するものであって、定義するものではない」と言っていた。これは例の西村博之という人が辞書の説明と異なるなら間違いとか嘘とかになると言い出したことを意識してのことだった。

 それは、コーヒーのことからも解る。


 それにしても、最近コーヒー豆の大幅値上げには困ったものである。

 

 


 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page