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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年11月21日
  • 読了時間: 2分

更新日:2022年12月6日

 よく、相手の服装より靴を観察しろと言う人がいる。

 それと同じように、時計を観察しろと言う人がいる。

 やはり目立たないところの拘りが仕事などに反映するからだ。靴は全身を支えて移動するために重要で、時計は時間の使い方よりむしろ心構えが表れる。

 

 こんなものつけている人は駄目という人もいるのが「アップルウォッチ」だ。

 付けている人たちに、青山繁晴、杉田水脈、小野田紀美、飯山陽、などの人が挙げられる。

 それと対極に言われるのが「ロレックス」で、付けている人に、三浦瑠麗、有本香、須田慎一郎、岸田文雄もなどの人たちが挙げられる。

 


 こだわりのロレックスには成金趣味とばかり言えない細かい性能が言われている。

 それで、成金趣味なのか仕事熱心なのか、ハリウッド映画に持っている人が出ていた。『スターウォーズ』や『インディージョーンズ』の脚本家でもあるローレンスカスダンが監督した映画『わが街』であった。

 ここに、犯罪バイオレンス映画で稼いでいるプロデューサーが強盗に出くわして、付けているロレックスを奪おうと銃撃されて重傷を負う場面があった。映画は「もっと過激にやれ」と指示していたけど、自分が撃たれて倒れ泡吹いて失禁する。

 そんな腕時計つけて歩いて、それで仕事はバリバリでも襲わるのではないか、心配ではないかと疑問である。


 ところで自分の腕時計だが、電波を受信しない。

 どうやら故障のようだが、手作業で時刻合わせしていれば電波時計でない時計と同じように使える。修理することもできそうだが、腕時計なんていまどき無用だと言う人もいる。携帯電話やスマートフォンで足りるから、と。

 どうするべきだろうか。



 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年11月2日
  • 読了時間: 2分

 料理にはケチャップかソースか醤油かと言う話題が出ることがある。

 しかし、元々どんな料理も味付けは塩だけでいい。なぜ醤油やソースやケチャップなど余計なものに金を払うのか。どの調味料の味も結局は塩である。

 しかし、素材の味が不味いのを誤魔化すために使う。かつて、ヤマギシ会にいたけど疑問を感じて脱退して独自に農業をはじめた人の作ったものを食べさせてもらったら、調味料など全く不要だった。

 つまり、売っている農産物は味がしないのだ。だから調味料が必要になる。しかし素材が良くないことに気づかないと栄養にも影響する。だから余計な調味料は使うべきでない。



 もちろん、テレビの料理番組の影響もある。

 あれは化学調味料の製造業者が商品を売るためスポンサーになっている。だから必ず使わないといけないかのように思わせる。『美味しんぼ』の原作者である雁屋哲は、女性が正直だから、あくまで化学調味料の使用はスポンサー企業の都合なのに、マニュアルにあるから使うものだと多くの主婦が思い込んでいると指摘していた。

 これに対して、漫才師の島田洋七は、実家が料理屋なのでゲストの芸能人に必ず化学調味料を使わせる番組に出ても、お得意のまくし立てで間伐を入れさせず化学調味料なしで料理を作ってしまったから痛快だった。


 塩で済むのは調味料だけではなく、風呂の入浴剤も同じことだ。

 あれも温まる成分は塩である。だから、残り湯を洗濯に使ってもいいが、植物にやってしはいけないと注意書きしてあるのだ。あとの成分は主に合成着色料と香料である。合成着色料は口にするのでなくても避けるべきだと言う人がいた。


 これは歯磨き粉も同じ。口に入れるものだから、なおさらである。

 また、歯科医師が指摘しているように、香料や清涼の成分でスッキリしても口腔内が清潔になったのではないから、錯覚で不衛生になりがちなので、歯磨き粉は使わないほうがいいくらいだ。

 また、塩入歯磨き粉ではなく安い塩を使えばいいし、歯磨き粉なんて料金のほとんどが容器のコストである。


 とにかく、経済が悪化しているのに余計なものに金を払うのは愚かである。



 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年10月29日
  • 読了時間: 2分

 自分の人生で最大の失敗とは何か。

 そう質問されたら、すべての失敗の原因になっていることがあるので、それだと答える。具体的には、自分の母親が統合失調症であると気付かなかったことだ。

 このため、特に子供のころは親の影響が大きいので、何か失敗すると必ず母親に従ったことが原因だった。



 『ビューティフルマインド』という映画があった。

 これは統合失調症による幻覚に苛まされながら研究を続けた学者がノーベル賞に選ばれるまでの話で、苦労しながら支える妻とのことが中心に描かれている。文学賞が大江健三郎の時だから、それから数年後の映画化である。

 この監督と脚本家は、映画では描かれていないことあると言う。特に妻の大変さには取材したさい驚いてしまった。ハリウッド映画であるしロマンスの要素もこもっているので、どんなに苦労しても最後は報われるという美談に仕立てられているけれど。

 この妻は、夫の統合失調症に気づかず、医師に指摘されても最初は信じられなかった。夫の幻覚に登場する人は、いつも会話で夫が普通に言うので、すっかり実在すると思っていたが、しかし言われてみれば会ったこと電話がきたことも写真に写っているのを見たことも無かった。

 このように、一緒に暮らしていても解らないものである。


 知り合いで、母親が精神病だったという人がいる。

 この人の母親は、朦朧とした表情をして自覚なく歩きまわるなどしていて、いかにも病気だという感じがしたそうだ。

 このようなのとは違い、統合失調症だと、普段は平常であるし、むしろ知的な人だったり性格が良い人だったりする。だから、さっぱり解らない。しかし、次第に悪化して奇妙だと感じるようになる。

 ついに、母親が大真面目に話していることが現実ではなかったと気付いた。どうも変だと思ったら幻覚だったのだ。これに気づいてすべて解決である。しかし、子供のころに気づけなかったのが残念である。

 
 
 
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