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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年2月2日
  • 読了時間: 2分

 ここでフエキ糊にしたのは、子供の工作にも安心の成分配慮でも関西贔屓でもなく単品販売だから。

 なんでヤマト糊は三本一組しか売ってないのか。事務所でも図工でもないから三本を使い切る前に干からびてしまう。


 接着剤で紙などの糊はヤマトとフエキが双璧みたいだ。

 何が違うかというと、ヤマトは東京の、フエキは大阪の、会社である。また材料については、ヤマトはタピオカで、フエキはとうもろこしすなわちコーンスターチが、でんぷんの素ということ。



 かつては米が使われていた。

 これが戦時中に、米は食料にしないといけないと政府が命じたためと言われている。日本では酒も米が原料だが、宮尾登美子の小説『蔵』でも戦時中に使用を制限されて苦労する説明がある。


 何年も前だが、品質に難がある米を業者が食用にした事件があった。

 これは汚染米だから食用にせず工業用として糊の材料などにと安く放出されたのを手に入れた業者が、コッソリと弁当に使っていたという酷い話だった。

 さらに酷いことに、発覚して社長が記者会見すると、それを自分では食べられるかと記者から問われた社長は「私だって長生きしたいから食べません」と言ってのけたので、それを他人に食べさせて儲けようというトンデモナイ社長と呆れ憤られたものだった。


 ただ農水省も惚けていた疑惑があった。

 農水省は、糊に使う米と言っておいたのに業者が勝手にやったと言ったけれど、もう米で糊を作らなくなって久しいのだから、それを知らないで放出したとしても迂闊だし、知っていたとしたら悪い業者が悪用するかもしれないと予想できてのことになるから、より悪質だと指摘されたのだった。


 ということで封筒の糊で色々と思い出した。

 それも税金など年度替わりで色々と郵送するからだ。今年のテーマとして郵便がちゃんと届かなくなったという話題をとりあげたが、大事な書類などを送るのだから、しっかりして欲しい。

 一番悪いのは民営化させた小泉純一郎首相だ。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年1月22日
  • 読了時間: 2分

 激痛のため腕が動かせなくなり整形外科に行った。

 骨には異常なしで、筋肉の炎症に対応して注射をした。そのさい患部が防衛医大病院での手術跡と一致しているので、初めて見た医師が驚いていた。古傷ではあるが、皮膚も筋肉も激しい損傷であることか一目瞭然だと言う。

 いったい何でこんな手術をしたのかと問われたから簡単に説明はしたが、詳しいことを話し出したら大変なので誤診その他の問題には触れなかった。

 あとは理学療法士付いてのリハビリとなった。



 このように、先入観なしで観た医師も後遺症は当たり前だと言う。

 ところが、かつて裁判では、医師の代理人をする弁護士が、そんな一目瞭然の損害を狂言だと強弁していた。そして他の医師による客観的な診断を無用だと主張し続けた。

 これだけでも、医師に疾しいものがあるからだと怪しまれて当然のことだろう。

 

 この件で、その弁護士は顧問契約を解除された。

 そんな弁護士は良くないと、顧客は妻に言われて従ったそうだ。妻の感覚こそ普通だろう。

 しかし、その弁護士に言わせると、要するに顧客は女房の尻に敷かれていて、だから不当にも顧客は妻に従い顧問契約を解除したのであり、こちとら商売あがったりなんだと文句たらたら。

 この点で、医師と弁護士が一致して指摘することは、無能な弁護士を雇ってしまい医師は余計に不利となったはずだということだ。

 

 そんな過去のことはともかく、新たに診た医師たちが一様に驚愕する手術痕ということだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年1月5日
  • 読了時間: 1分

 「寝正月」という言葉が昔からある。

 この意味は、普通、ゴロゴロしてゆっくり休むことたが、風邪で寝込む場合もある。今年は、それだった。



 去年、冬にしては珍しく激しい雨の夜があり、気温は低かった。

 前に、公民館で調べものとか勉強とかの話題をとりあげたが、この時のことである。夜になったら急に雨が降り出した。予報で判っていたから、みんな傘を持っていた。こちらはレインコートを着て来ていた。そしてフードを被って帰った。


 それで冷えたのかもしれない。

 きちんと対応していたつもりだったが、不適切だったのだろう。そのあと激しい喉の痛みで唾液を飲むだけでも辛かった。

 あの日、同時に出た高校生は何ともなかったと、後で知った。小柄で華奢な女の子もピンピンしている。帰宅してからの対策が適切だったか、若いから体力があったからか。


 そして、しばらくして一応は治った。

 けれど、後遺症なのか気分が悪く、普通に歩き回ったりは出来るが、悪心は続いた。それで「寝正月」となったのだった。むしろ、忙しくない正月で良かったのかもしれない。

 
 
 
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