top of page

​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年6月2日
  • 読了時間: 2分

 今、映画界の暴力と差別が問題になっている。

 そのさい、例えば監督が女性にセクハラしていても、作品の価値は別だと主張する人もいて、これに対しては、仕事と別の私生活が悪い場合と、仕事に関わっている場合とは一緒くたにできないという指摘が出ている。


 そのなかで、やり玉に挙げられているのが「米在住の映画評論家」町山智浩氏である。

 彼はよく日本の政府を批判しているが、それは表面的で、決してリベラル派ではないという評価がある。もちろん、彼は露骨な反共タカ派であることが発言の数々から明らかであるが、そもそもリベラル派にとってそれは普通のことだ。ここで問題になっているのは女性に対するあからさまな蔑視発言であり、こういうことは政治性ではなく人柄が原因である。


 ただ、彼の世界情勢に対する発言から、彼の女性蔑視が人間性の問題であることは推察できる。

 例えば、ロシアの軍艦モスクワが火災で沈没した事件についての彼の発言である。ウクライナ軍が攻撃したと発表し、その戦果であると言うのに対してロシア軍は未確認であるとしながら、一方で報復攻撃と見られる軍事行動をした。この意味が彼には解らなかった。そうSNSで公言していた。

 実際にどういうことだったのか不明だが、少なくとも相手はやったと言うのだから、それならやり返してもお互い様になる。こういうことは子供の喧嘩と、ほとんど同じだ。

 自分が中学生のとき同じ組に、よく「あいつのことをぶん殴ってやったぜ」と言いふらしては侮辱したつもりの奴がいた。この被害に自分も遇ったので、怒って一方的に殴ったら、そいつは「一方的に暴力をふるわれた」と教師などに訴えたけれど、「嘘をつくな、先に殴ったのはオマエだからオマエが悪い。少なくとも、お互い様じゃないか」と言われて、逆に非難されてしまった。

 こういうことが、おそらく少年時代に喧嘩したことがないため、彼には理解できなかったのだろう。



 また、彼としては、やられたことが悔しいので認めたくないとしか解釈できないのだろう。

 しかし、現実に歴史のなかでアメリカやロシアなど大国がしてきたことは、逆に、やられたことを針小棒大に言って、これを口実にしてやり返すのが常である。

 ところが、殴られても殴り返せず泣き面になりながら「痛くないもん」と言うのが精一杯のいじめられっ子だった人には解らないものだ。 

 

 そして、そういう人の中には、自分より弱い者をいじめるようになる奴がいるもので、それが大人になると、よく、女性差別する男性となるものだ。彼もその類の人なのだろう。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年5月20日
  • 読了時間: 3分

 ハリウッド映画『フォレストガンプ』についての続き。

 アメリカと同様に日本でも大ヒットしていた公開当時、テレビ番組で出演者から、面白いけれど、映画館に入場料を払って観るのではなくレンタルビデオでよい内容だし、いかがわしい映画だ、と言われていた。



 この映画の物語は、主人公フォレスト=ガンプの半生を描いたもので、彼(トム-ハンクス)は軽い知的障害があって知能指数が低めでも、稀な俊足のため大学にスポーツ推薦で入ることができて、アメリカンフットボールでボールを抱えて走ると誰も追いつけないという活躍ぶりが、まずユーモラスに描かれる。

 また卓球も得意で、国技とする中国に行って親善試合をする。この映画は中国で公開されると、「ガンプ」が親しみにくいので翻訳では「アガン」にされていた。日本では『フォレストガンプ/一期一会』だが、中国では魯迅の小説にかけて『アガン正伝』になっていた。

 また、彼は戦争に狩り出されるとベトナムの戦場で負傷者を救う。俊足を生かし負傷者を抱えて安全地帯まで何度も往復する。これで勲章を受けるガンプ。その後は、戦傷で身体障害者になっていた元上官と一緒に始めた事業で成功したり、走って大陸横断してみせ話題になったり。最後は幼馴染の女性と結婚する。


 しかし、この内容では、主人公が知的障害者という設定の必然性がない。

 例えば、ハリウッド映画『レインマン』では、知的障害のある男性(ダスティン-ホフマン)の特殊な能力を利用して、その弟(トム-クルーズ)が博打で一稼ぎするけれど、これは知的障害が原因で極端な記憶力になることがあるからで、モデルになった人物もいる。

 日本の『裸の大将』では、主人公が旅先で観た風景を帰ってから記憶により写真に撮ったように絵で再現してみせるが、これは知的障害者で天才画家といわれた山下清の実話に基づいている。

 ここで山下清は、知的障害のために配慮できず「兵隊の位なら…」とエライ人に言ってしまうなど何でも率直だから可笑しく、これが社会的地位に対する風刺にもなっている。



 フォレスト-ガンプも、原作の小説では主人公が同じような言動をしていた。

 例えば、戦地から戻り、帰還兵として反戦集会で証言を求められると、戦争がいかに惨いかと率直に語り、また政府や軍が催した式典で英雄として演説することを期待されているのに、対応を変える発想が無くて、反戦集会と同じように、戦争がいかに惨いかと率直に話す。

 こうした部分が、映画化では無くなっていたのだ。


 そして、コメディなのにヒューマンドラマ仕立て。

 だから、いかがわしい映画だと公開当時から指摘されていたし、今では懐かしい名作と言う人たちがいる一方で、あれは今でいうと「感動ポルノ」だったと言う人たちがいるのだ。

 これを、先日、公民館の無料上映会で観たさい、改めて考えたのだった。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年5月19日
  • 読了時間: 2分

 『フォレストガンプ』というハリウッド映画がある。

 かつて大ヒットしたが、それから結構な時が経過している。94年の公開だったはずだ。これが公民館の無料上映会にかかっていたので観に行った。



 この映画が公開された当時、話題の映画の一つとしてテレビ番組に取り上げられていた。

 このとき、司会の俳優-山城新伍は、もう一つの話題作『告発』と比較して語っていた。どちらも「ヒューマンドラマ」と定義されていたからだ。


 そのハリウッド映画『告発』は、若い新人の弁護士(クリスチャン-スレイター)が、刑務所で残酷な副所長(ゲーリー-オールドマン)から虐待を受け続ける囚人(ケビン-ベーコン)を助けようと尽力する実話の映画化であった。


 少年時代に万引きをしただけなのに、成人した今も刑務所にいる囚人。貧しくて金が無く、妹のためという事情だった。それが凶悪犯と一緒にされ、刑務所で日常的に暴力を振るわれている。

 主人公は義憤に駆られて懸命の弁護活動をはじめ、その告発が社会を揺るがす。この結果、まだ若いのに見事だと称賛を受けて騒がれた主人公は、この事件の御陰で自分はプロ野球ファンになったと言う。あまり関心が無かったけれど、囚人がプロ野球のことを聞きたがるから、面会の度に語って聞かせていた。それで自分もファンになったということであり、謙遜しているだけでなく本当だと言う。



 この映画『告発』を観て山城新伍は、映画館の入場料を三倍くらい払っても良い内容だと言った。

 一方、ほんとうに5000円で観てもよいと思う『告発』に対して、『フォレストガンプ』はレンタルビデオの旧作350円でちょうどいい映画だと言った。しっかり作っているから観ている間は退屈しないのでヒットしたのだろうけれど、観終わった後にも心に残るとかいう内容ではないからだ。


 すると、同席している映画解説者の女性(誰かは失念)が言った。

 『フォレストガンプ』は「いかがわしい映画ですよね」

 コメディなのにヒューマンドラマに仕立てていて、そこに悪意が潜んでいるような内容だということは、その当時から言う人が他にもいた。(この話題は次回に続く)


 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page