東宝映画のタダ働き募集に啞然とする
- 井上靜

- 2022年2月22日
- 読了時間: 2分
黒澤明監督の映画『八月の狂詩曲』に被爆者団体の人たちが出演していた。
これは長崎で原爆の犠牲者を追悼するため献花する場面でのこと。献花する人たちは実際の被爆者たちだった。エキストラというより一種のカメオ出演である。
周防正行監督の映画『それでもボクはやってない』には、人権擁護運動団体の人たちが出ていた。
これはカメオ出演ではなくエキストラであった。映画の内容はコメディーだが、実際にあった冤罪事件を基にしていて社会派の要素があったので、共感する人たちが人件費の節約に協力したのだ。この御礼ということで、監督の舞台挨拶がある試写会に招待である。だから自分もこの映画を試写会で観たのだった。
ところが、東宝は「超大作」と称して製作する娯楽映画で無報酬のエキストラを公募していた。
いくら何でもギャラを支払わないなんてどう考えてもおかしいし、御礼として役者などと集合で記念撮影くらいあればまだしも、そういうことは予め禁じることを告知している。しかし本人確認などは必要と言う。独立(インディーズ)なら低予算だから仕方ないと言いうるが、東宝のような大手製作会社が関与しているなら、その他大勢のエキストラを仕事として扱うべきである。そう言って批判する映画ファンがいた。


これには自分も驚いた。
かつて親族がらみで映画製作に縁があったから知っているが、もともと映画やテレビの撮影エキストラは、それを手配する会社および提携する芸能プロやモデルクラブなどから動員する。
そして、ただ漠然としたように映るだけでも容姿端麗であって欲しいならモデルクラブに声をかけるなどするからみんなプロであるし、その他大勢とか後方の遠景である人でも撮影に関しての講習は必ず受けて所属している。だから本人確認なんて無用だし、現場でのマナーとかいちいち注意する必要などない。そしてギャラは必ず支払うものだ。
それなのにこれは、なんなのか。
そこまで日本の映画製作は不景気になってしまったのだろうか。それとも非正規雇用や低賃金労働が横行して、人を使用する規範が崩壊して、その影響だろうか。



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