- 井上靜

- 2022年8月29日
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『となりのトトロ』で姉妹の父が論文を書いているらしい場面がある。
その机の上に置いてある本は『考古学』の文字が見える。くさかべ氏は大学に勤めていて、まだ若くて講師らしい。その給料からすると、妻子を養うのは大変かもしれないが、最初に越してきたのは田舎にあって古いとはいえ一戸建てである。これを非現実的だと受け取る人もいる。
姉妹のお母さんは病気で入院している。
その会話に出てくる症状からすると結核と思われる。また、入院しているのが「七国山病院」である。東京都の埼玉県と境目となる清瀬から八国山の界隈には、昔から結核療養所があった。
かつて最も大きな総合病院は旧結核療養所だった。だから大きいだけで専門知識のある医師がおらず、大学病院に比べて御粗末であったことは、拙書『防衛医大…』での述べたとおりだ。
それはともかく、この映画の監督は近くに住んでいるし、『となりのトトロ』の原型といわれる『パンダコパンダ』の舞台も近くで、駅に「秋津」と表示があるから、この界隈がモデルであることは間違いないだろう。
結核療養所は後の『風立ちぬ』にも出てくる。
これは劇中で「山」と言われていて、ゾルゲみたいなドイツ人スパイがカストルプという名だから、結核療養所を舞台にしたトーマスマンの小説『魔の山』の主人公から取って付けたことは明らかだ。
くさかべ氏は、結核に感染した妻が入院した近くに転居したと思われるが、便の少ないバスを利用していて、これが猫バスだと猛スピードだから、距離は不明である。このため通勤や見舞いで便利かどうかは判らない。
後の『千と千尋の神隠し』は、話の導入が最初の予定と異なっている。
この映画を観ると、引っ越しの途中で異次元世界に迷い込むが、元々は転居した家が異次元世界に通じる場所にあるという話だった。そうとは知らずに格安物件で買い得だと思ってしまい、住んでいたらオバケが出て驚き、やけに値が安かった訳を知る。これでは前置きが長くなりすぎるから変えたということらしい。
もともと、だいたい格安物件は訳あり商品である。
そして現実には、殺人や自殺があって、それだけでも気持ち悪いが、さらに幽霊が出るのではないかと怖くなるので、買い手がつかず安いのだ。こういうことは世界各地にあり、それをモデルにしたハリウッド映画もある。それで逆に幽霊が出ると売り出して、興味を持った人が買ったけれど出ないので金返せということもあった。

「おまえんち、おっ化け屋敷っ」と近所の少年がからかう。
これに娘は怒るが、お父さんは「お化け屋敷に住むのが夢だった」と言う。これは変わっている父親ということだが、それで安いから買ったとも考えられる。また、伝染病や精神病が専門の病院の近くは偏見から避ける人がいて安くなるものだ。
東京都世田谷区の都立松沢病院は精神科が中心で、そこに関連しての総合病院となっている。このため昔は周囲に住みたがる人が少なく、それで穴場だからと大宅壮一が居を構えたのだった。だから松沢病院の向かい側に大宅壮一文庫がある。
大宅壮一はインテリだから偏見など気にしなかった。
それと同じで、くさかべ氏も結核療養所の近くだろうと幽霊が出ようと、まだ講師風情だがインテリなので気にせず安いからと越してきて、オバケが出た出たで面白いと考えたのかもしれない。


