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​炬火 Die Fackel 

更新日:7月15日

 アニメーション映画『この世界の片隅に』が八月に期間限定で再上映されるそうだ。

 これは、物語の主人公が今いたら百歳になるからという企画らしい。この映画は話題になっていた。戦時中のことについて遊郭のような所が出てきたり一般的ではない部分があったので、そこに不評もあったが、全体的には好評だった。

 そういう一般的でないけれど実際にあったことではなく、ありえない場面も描かれたので、そこは良くないという指摘もあった。


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 それは主人公が戦艦大和を目撃する場面だ。

 ここで一緒にいる軍人が、あれは大和だと言い、乗組員が二千人以上になる大型艦であると説明する。しかし戦艦大和は最高軍事機密だったから、この場面になる広島の呉では、造船所の近くを通る列車の窓にブラインドを降ろさせたほど神経を使っていた。だから一目で戦艦大和であると言うことはありえなかった。

 このあり得ない場面は『宇宙戦艦ヤマト』にも出てきた。過去の回想場面で、見た庶民が、あれは戦艦大和だと言う。


 どちらも、あり得ない場面に変わりはない。

 だが『宇宙戦艦ヤマト』より『この世界の片隅に』の方が、より問題である。なぜなら、主人公の女性が趣味で風景画を書いていたら、それをスパイと疑われる挿話があるからだ。その女性の身内は、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑い出してしまうが、官憲は真面目だった。

 こういう話も出てくる戦争の悲劇を扱った物語だから、それなのに詰めが甘いと言われてしまう。


 滑稽なことは戦時中の映画でも既に起きていた。

 あの当時、海軍は映画会社に、戦意高揚のためプロバガンダ映画の製作を命じながら、軍艦は軍事機密だから撮影を一切させなかったし、あの円谷英二が特撮のセットで描こうとしても外見の写真でさえ軍事機密だからと見せなかった。

 それで、外国の軍艦の写真を元に想像でデザインしたミニチュアセットを作り撮影したら、これを見た軍人が実際と違うと言って怒った、という滑稽なことになった。

 このように、軍事機密というのは滑稽なことを生む。


 最近また「スパイ防止法」の制定を言う政治家たちがいる。

 あれは八十年代に統一協会が金集めの口実で運動していたものだった。だから、これが明らかになると白けて立ち消えとなったのだ。

 あの時の中曾根康弘首相は、統一協会と密接だから当然ながら歩調を合わせていた。それで「日本はスパイ天国」だから取り締まりが必要だと言っていた。その証拠に亡命KGB将校が証言したという話を、CIAの息がかかっていると言われた『文芸春秋』の発行する各雑誌が載せていたけれど、その内容は自分を大物スパイに見せかけるため虚勢を張っていて滑稽だと言われたものだった。

 また、スパイ天国なら、日本で最も大手を振って活動しているのはCIAだろう。それは除外するという法律を作ることは無理だ。対米隷属の度が過ぎると批判されていた中曾根首相にとって、CIAを取り締まり日本を対米隷属から対米独立に転換するなんて、想像を絶することだった。


 このように、どこまでも滑稽なことになるのである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 7月9日
  • 読了時間: 3分

 予言が話題になっていたらしい。

 そんなことは一部でのことだろう。地震か何か危険なことの予言だったのか、なんであれ詳しいことを知る価値はないだろう。

 ところが、ここで奇妙なことを言い出す人がいる。これは年配の人である。今は年配の人なら、子供のころに話題だった『ノストラダムスの大予言』が外れたことによって馬鹿らしさを知っているから騙されないけれど、今どきの若い人は免疫が無いというのだ。そんなことを言っている人の方が、あまりにも馬鹿らしい。おそらく頭の弱い子供だったはずだ。


 『ノストラダムスの大予言』は七十年代のベストセラーだ。

 この本は、ノストラダムスが書き残した当時の世相の記録を曲解して未来の予言であるとし、これまでに的中し続けたという歴史上の例を挙げて、それはことごとく牽強付会だった。

 そして、社会は混乱し破滅に近づき、最後は1999年7月に人類は滅亡する、という予言がされていて、これは核戦争が起きるということだろうという解釈だった。

 やはり売れただけに面白くて、当然のこと続編が次々と発行されるのだが、見事に二番煎じ三番煎じ四番煎じとなっていくので、出版社の意向をうけて著者は仕方なく書いているのが見え見えで、その続編を読んだ人は笑っていたものだ。


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 その本の趣旨は警鐘だった。

 これは子供でも解ることだった。予言が当たるかどうかはともかく、ほんとうに人類が破滅してしまわないように、環境汚染や核軍拡を食い止めようという訴えかけだった。

 そして、本を基にした映画が製作されると、異常気象や奇形生物の発生などの不気味な現象や、社会不安から集団自殺する若者たちなどが描かれ、最も恐ろしいのは核戦争であるということで軍事の記録映像と特撮映像の組み合わせによってディザスター見せ場が作られている。けれど物語では、その危機について国会で討議されたさい、それを人類の英知によって乗り越えようと首相が力説することで締めくくられるのだ。この演説は観念的で具体性がないけれど、何度も首相の役を演じている名優=山村聰の話術に観客は感動させられたものだった。


 「予言」のとおり人類は破滅してしまうと思った人は子供にも少なかった。

 ただ、「予言」とは別に、そうなる可能性もあり、だから、汚染や軍拡をやめないといけない、という警告として受け取られていた。

 そして実際に1999年7月になっても人類は滅亡しなかったけれど、その時に予言は外れたと一応は言っている人達がいた程度で、すでに『ノストラダムスの大予言』そのものが殆ど忘れられていて、知っている人でも、とっくに、あれは予言ではないと解っていたし、その前に「冷戦」が終了して核戦争の危機は遠のき、その代わり世界各地で民族紛争などの小競り合いから悲劇が起きることが増えていて、それをなんとかしないと悲惨だということに関心が向いていた。

 

 こういう社会常識を知らない年配者がいるわけだ。

 それもそのはず、『ノストラダムスの大予言』を間に受けていたけれど当たらなかったと戯けたことを言っているのだから、不勉強である以前に地頭が悪いのだ。そんな出来損ないの年配者が「我々はもう騙されないけど若い人たちは違う」などと言っている。

 今の「予言」にしても、おそらく遊びの感覚だろう。それを間に受けたと勝手な解釈をして、間に受けた先輩として勝手なことを言っている。そのように間に受けた人達は、話にならないほど極少数であるはずだ。


 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 6月26日
  • 読了時間: 4分

更新日:7月4日

 『ブラジルから来た少年』という小説がある。

 これは『ローズマリーの赤ちゃん』のアイラレヴィンが、そのあと10年後に発表して話題なったものだ。それまで短編小説を発表するだけだったので「一発屋」と思われていたけれど、そうしたら次の小説を発表して凄く面白いと話題になり映画化もされた。

 その内容は、『ローズマリーの赤ちゃん』と同じく狂信者たちの邪悪な意図から産まれた子供という話で、それがオカルトからSFになったというものだ。ついでに言うと『ローズマリーの赤ちゃん』は映画化が好評だったけれど、小説の方が圧倒的に面白い。


 『ブラジルから来た少年』は、ナチの残党の謀略と、それを阻止しようとする老人の話だ。

 ナチ残党たちによる不可解な連続殺人事件があり、殺された男たちに何のつながりもなかった。ただ、妻が二十歳年下で息子が十二歳という、同じ家族構成だった。そして息子たちは一卵性双生児のようにソックリな顔をしていて、実はみんな養子で、ブラジルの産院から欧米へ養子に出されていて、その産院でそっくりな子供を生んだ女性たちは全員が金で雇われた代理母だった、ということが判明する。そうなると考えられるのは、人工授精による受精卵の遺伝子を除去し、そこへ血液から取り出した遺伝子を移植して同じ子供たちを作ったということ。つまりクローン人間である。

 そして、人格形成も同じにするため同じ家庭環境で育つように養子に出した。そして十二歳になったら父親を殺したのだ。つまり、公務員で堅物の父親は息子の勉強にうるさくて、勉強ばかりでは子供が可哀想だと妻は言うけれど、年上の夫は亭主関白で妻の言うことなど聞かなかった。ところが息子が十二歳になったとき父親が急死する。それで同じ条件にするため養父を殺害したのだ。

 こうすることで、父親の死によりガリ勉から解放された息子は画家を志望するが、描いた絵が認められず、そのうち縁あって政治に関与するようになり、ついにドイツの総統になる、という人と同じ人間を大量生産する計画だった。

 この計画を知ったユダヤ人の老人は、その中心になっている医師を追跡する。その医師とは、あのヨゼフメンゲレ博士だった。


 ヨゼフメンゲレは、731部隊の石井四郎とともに、人体実験で悪名高かった。

 実際のメンゲレは南米に逃亡すると死ぬまで逃げ続けたが、その間に危ない研究をしているなどとSFのネタに何度もされていた。日本のSF特撮もの『マイティジャック』にも登場し、密かに日本に来ると美容外科で金儲けしていた。日本の女性に、手術で鼻を白人のように高くしてやるということで。もともと美容外科と人種差別は縁があるものだ。

 そのメンゲレをネタにした代表的なSFが『ブラジルから来た少年』だったが、ヒットラーのクローン人間を作っていたことに辿り着くまでの謎解きの経過が実に面白い。そして、そんなことをしてもナチスの復興に役立つとは思えない、時代状況を考慮していない、という当然の指摘がナチス残党たちの間から上がりメンゲレと対立する。


 ナチの残党を追及するユダヤ人の老人は、あのサイモンウイーゼンタールがモデルである。

 ここで彼は、ナチの収容所で妻子を失っているから執念の追跡をしているけれど、そのナチ残党狩りは復讐のためではなく、裁判にかけるためであり、なぜなら戦争や差別を無くすることが真に犠牲者たちへの追悼になると考えているからだ。

 ところが、ユダヤ人団体の過激派は、彼が入手した養子縁組先のリストを渡せと迫る。危険な芽は摘んでおくべきだから、その子供たちを殺すと言う。それではナチスと同じ発想である。だから主人公はリストを渡せと迫られても拒絶して燃やしてしまう。


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 このユダヤ人団体の過激派と同じ発想は日本にもある。

 先代の天皇が皇太子だった時「テニスコートの出逢い」がマスコミに流された。あれは仕組まれたものだったが、それを「皇太子成婚」と、あの当時に普及したばかりだったテレビで大々的に流した。とくに安保のことがあり、時の政府は強い批判を受けていた。そこから国民の意識を逸らそうとするプロバガンダだった。これは上手くいった。

 こういうことがあったので、皇族をメディアが美化してることには要警戒だと批判したところ、右派からではなく左派から非難があった。先日もSNSであった。メディアを利用したプロバガンダの危険より、戦争で日本の中心にいたヒロヒトの血筋であることが危険だと言うのだ。それではナチスを批判してナチスと同じになっているユダヤ人過激派と同じではないか。

 そういう人が日本にいて、他の指摘は一切受付ないのだ。これは小説や映画ではない現実である。

  

 

 
 
 
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