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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年12月15日
  • 読了時間: 3分

 俳優ライアン‐オニールの訃報があった。

 『チャーリーズエンジェル』のファラー‐フォーセットと事実婚関係であったことも知られているが、出演作品だとスタンリー‐キューブリック監督の『バリーリンドン』や、ウォルター‐ヒル監督の『ザ・ドライバー』で知られる。


 また、彼は実の娘と共演した『ペーパームーン』で話題だった。

 だから、次に実の息子と共演したいと言った。それは『ロッキー』がヒットしたので往年の名作『チャンプ』を再映画化することになり、オニールに主役の話が来ていたさいのことだった。

 しかし息子役には名子役を出すと決定していたので、息子との共演に拘るオニールは出演の話が壊れてしまった。それで同情したバーバーラ‐ストライサンドが一緒にボクシング映画を撮ろうということで出来たのが『メーンイベント』だった。

 



 あと、大ヒットしたのが『ある愛の詩』だった。

 ここでオニールが扮する主人公は、結婚したばかりなのに妻が不治の病で死亡してしまう、という話であることは周知の通り。

 やはり、幸福な結婚をした若い女性が不治の病、という話の韓国映画が、後にヒットした。『私の頭の中の消しゴム』という奇妙な題のメロドラマで、これは遺伝的に稀にある若年性認知症のことを意味している。同じ題材ではハリウッド映画で主演女優がアカデミー賞の『アリスのままで』が知られている。


 『私の頭の中の消しゴム』で、こんな場面があった。

 妻が風呂上りにバスローブをまとっているのを、夫が開けるから妻は恥ずかしいと言う。しかし裸の身体を見ているのは、全く濡れていないなど風呂に入った形跡がないからだった。これで、妻は風呂に入ったと本気で言っている。そこまで記憶障害がひどくなったのかと夫は深刻そうにする。

 かつて北海道の温泉で、湯船に浸からず脱衣室に戻り「寒い」と言っている人がいて、しかも全裸でロビーに出て行ってしまい、周囲の人たちは驚き、従業員が来ると、方向について「判らない」と言う。一緒に来ていた彼の妻が、高齢ではあるが認知症のような行動は今まで無かったと言って驚いた。

 そんな目撃談を数年前に書いたことがあるけれど、映画と同じことだったのだろう。


 『アリスのままで』の主人公は学者だった。

 そういう知的な人は病気の発見が遅れる傾向だと医師が指摘する場面がある。物忘れに対する対策がしっかりできるので、病気であることに気づかないからだ。先日、来年のノートと手帳や文具の話題を書いたけれど、そういうことにも知的な人ほど熱心だったりするからだろう。

 やはり、知り合いの元学者の女性が八十歳台になってから明らかに認知症の言動が時々あるけれど、その夫も初期は気付かなかったと言っていた。そして北海道の温泉のことについても、前から夫の発症はあっただろうけれど初期段階だったので妻は気付かなかったのだろうと指摘していた。


 ということで、訃報から脱線してしまったが、そんなことを思い出したのだった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年12月7日
  • 読了時間: 3分

更新日:2023年12月8日

 テレビドラマの名脚本家の山田太一が死去した。

 続けて、元テレビアニメ脚本家の小説家の豊田有恒の訃報である。


 山田太一のテレビドラマで、鶴田浩二が特攻隊の生き残りを演じていた。

 これは鶴田浩二が特攻隊の生き残りを自称していたことが影響している。実際には乗組員ではなく整備士であり、それで自分の関わった航空機で戦死した人たちがいるから無念ということだったらしい。

 そして鶴田浩二は国士を気取る態度の一方で反権力の人物を演じることがあった。そのなかで山田太一のドラマには心に響くところがあったそうで、その後は山田太一が脚本を書いたドラマなら何でも出ると言って、実際に主役を演じたことがあった。



 特攻隊の生き残りとして語っているのは過去の美化だ。

 そう指摘される場面があった。これは水谷豊の演じている下の世代の男が、鶴田浩二に対して言うのだった。

 特攻隊だった人が、あの頃は純粋だったとか命をかけて国を守るつもりだったとか、散々カッコイイことばかり並べて、あとは知らんと居なくなってしまっていいのか。そりゃ昔のことだから綺麗に見えるのはしょうがないよ。自分だって、小学生のころを思い出すと、つい楽しかったことばかりになって、今の子供よりマシな暮らししていたような気になってしまう。でも戦争には、もっと嫌なことが一杯あったと思うね。戦争に反対できる雰囲気ではなかった、戦争に反対と思ってもいなかった、と言うけれど、いつごろからそうなってしまったのか。そういう話を聞きたいよ。どうして人間はいつの間にか戦争する気になってしまうのか。そういう話をしてもらいたいね。懐かしむ話ばかりだと、聞いているほうは戦争のことを案外ひどくないとか勇ましいとか思っちゃうよ。

 以上、ママの引用ではないが、内容はほぼ同じである。


 このドラマの中では『宇宙戦艦ヤマト』が引き合いに出されていた。

 これは辛辣であると、放送当時に視聴者から言われていたし、この感想は新聞のテレビラジオ欄の投書にも載っていた。

 そういう戦争美化の要素を宇宙戦艦ヤマトに持ち込んだ中心的なスタッフが豊田有恒であった。また、彼は嫌韓ブームの先駆けをしたり、原発賛成をしたり、後の井沢元彦は豊田有恒の影響ではないかと指摘があるけれど、それは創作で満足できる評価が得られなかったから、その鬱憤を晴らすのと権勢に媚びて食い扶持とする両方ではないかと言われている部分で共通しているからだ。

 なによりそう言われるのは、内容が貧弱というか御粗末というかの付け焼き刃であったからだ。このため結構ファンたちの間では笑いのネタにされていて、SF雑誌上でも言われていた。


 これは創作物の「深み」差ということだ。

 そして、どこで満足できるのかの差が「受け手の側」にもあるということだ。また、山田太一と違い、豊田有恒の死では大昔の作品を評価する同業者たちがいるけれど、子供のころに『宇宙戦艦ヤマト』で知った世代あたりからはヘイト発言のモノカキという認識が一般的であった。

 それを、遥か前の作品を褒めたところで、その後の民族差別・外国蔑視を商売にするようになったことの正当化は、到底できるはずがないだろう。

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年11月21日
  • 読了時間: 2分

 近所の看板が空いていた。

 そこに広告を募集していると表示がしてある。こういう看板は商業的な宣伝であるものだが、そうでないものが時々あって、金のために引き受ける業者もあれば、金を払われても断る場合もある。



 『スリービルボード』という映画が話題だった。

 これは、アメリカの田舎町で、娘を通り魔に殺害された女性が、進展しない捜査に業を煮やして、道路沿いに立つ大型の空いている三枚の看板を狩り、一枚目には事件の事実を、二枚目には警察の怠慢を、三枚目には警察署長の責任を、それぞれ問う言葉を大書する。

 そこには、警察が人種差別して黒人を虐めてばかりで犯罪捜査をそっちのけにしているという厳しい指摘も載せていた。



 広告業者の若い男は、引き受けたことで警官に文句を言われる。

 すると、問題ないことを確認したと言う。どうやって確認したのかと問われたら、専門の本を読んだと言い、どんな本かと詰問されたら「あんたたちが、よく、俺たちには関係ねぇという分野だ」と皮肉を言う。つまり法的な問題は無いということで、それについて、いつも警察は無視して無法を働くというキツイ嫌味である。だから警官も激怒して、後にその警官は暴力をふるってしまい、解任される。


 あれは派手ではないが話題になった映画であった。

 このあと、いくつも捻りのある展開になるからであるが、この看板広告という手法、警察や裁判所の無法を訴えるのには有効であろう。近所の看板では場所が合わないけれど、ちょうどよい場所にある看板の業者が引き受けてくれるか否かが、あとは問題である。

 どこか適切な所に空いている看板はあるだろうか。

 
 
 
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