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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年5月4日
  • 読了時間: 1分

 かつて札幌医科大学の和田心臓移植が問題になった。

 初の心臓移植という「快挙」だと騒がれたが、脳死判定が不適切なうえ、部分移植でいいのに全移植し、患者は死亡。まるで実績を作るための人体実験も同然で、和田教授は殺人で告発までされた。

 札幌医科大学は「札医大」と略されるが、医学界で「殺意大」と皮肉られているほど、その体質には批判が昔から強かった。それと防衛医大病院での事件も共通していた。問題の医師は卒業生でもある。詳しくは拙書『防衛医大…』を。


 和田心臓移植を批判して札幌医科大学を辞めたと言っていた医師がいた。

 しかし、彼は、もともと文学好きで、趣味が昂じてプロになってしまったし、そもそも医師に向いてないんだから『失楽園』書いているのがちょうどいい、と言われたものだったけれど、それと同様に、医者を辞めて小説書いていたほうがいい人は他にもいる。



 医師で小説を書いている人か医学で不見識を露呈させることがある。

 その一人が、自作が人気女優の主演でテレビドラマ化されたとはしゃいでいた。それは結構なことだが、だからと医学的不見識発言が消えるわけではない。

 これ以上の発言は控えて、小説に専念するべきである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年3月18日
  • 読了時間: 2分

 有吉佐和子が注目されている。

 これはテレビで取り上げられて思い出したとか初めて知ったとかの人たちが興味を持ったとのことだ。それで図書館で借りようと思った人たちが、既に貸出中で、中には予約で何人待ちという本もあった。



 かつて曾野綾子が、有吉佐和子に続く女性の作家になるかと注目された。

 しかし、幼稚園から大学まで聖心のお嬢様が文学賞の候補になったという話題だけだった。筒井康隆の『大いなる助走』(『文学賞殺人事件』)には、これを茶化した挿話があった。

 それで、話題作を連発する有吉佐和子に対して、ちっとも注目されない曾野綾子はノイローゼとなり、そこから再び注目されるために権勢に媚びて弱い物の商売を始めたと言われている。


 後に筒井康隆は『文学部只野教授』で曾野綾子に触れていた。

 あんな商売だが上手くいって曾野綾子が売れているため、夫の三浦朱門も話題になることがあるだけで、夫も作家とはいえ作品は注目されてない、ということだった。

 よく、結婚相手を見れば解ると言われるが、有吉佐和子の夫は神彰で、曾野綾子の夫の三浦朱門とは大違いの大物だった。

 

 訃報のためか図書館に曾野綾子のコーナーがある。

 そこで婆様たちが借りていくのを何度も目撃した。これは、有名な人だから偉いので差別発言も正当化されると思う単純な発想によっている。これだから杉田水脈が国会議員に返り咲きたがるのだろう。

 これは熱心なクリスチャンの女性がよく言うことだが、三浦綾子の小説は読めばクリスチャンとして感動するけれど、曾野綾子の小説を読んでもクリスチャンとして感動しないどころか到底クリスチャンの書いたものではない。笑ってしまうが、実際にそうだろう。

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年3月6日
  • 読了時間: 3分

 曾野綾子が死んだ。

 肩書は「作家」で、生前自称してもいた。小説家だが、文学賞は受けておらず、受賞したのは産経の「正論大賞」というのだから、要するに権勢に媚びて弱い物イジメを商売にしてきた人だ。これは周知のとおり。

 それをNHKは「途上国の福祉にも尽力」と、相変わらずあからさまな嘘を報じている。途上国に行ってそこで困っている人たちを乞食と見下していたのに。


 すでに指摘されていた。 

 この人は差別的な発想で貧困などの社会的弱者に「乞食」とか「妾」とかの言葉を浴びせてばかりだから、それを悦ぶイジメ好き差別好きの人たちがファンとして支えているにしても、またマスコミには権勢に媚びて弱い物イジメを商売にする人たちなどいくらでもいるにしても、曾野綾子の冷酷さと残忍さは度を越していて異常だった。

 例えば自民党の国会議員の野田聖子は、やっと授かった子供が高齢出産のためか産まれつき障害をもっていたけれど幸せだと言っていたが、そんな子供を作るなんて社会に迷惑だと曾野綾子は非難した。これに野田聖子は驚き、保守派の論客だと思って好感をもっていたが間違いだったという趣旨のことを言っていた。



 その前から文芸評論家の山崎行太郎が指摘していた。

 彼は自らを保守派の論客としながら、曾野綾子の一連の非常識について彼女が自認している精神病歴に原因を求めていた。実際かつては自ら不眠症だったと公言していて、これは倉本聰のテレビドラマで「不眠症という言葉にはインテリの匂いがする」というセリフがあったけれど、そんな感じで自ら公言してはいたが、ほんとうは自分が有吉佐和子のように注目されないので悩んでいただけとも言われる。しかし、それでは済まない深刻さがあったということではないか。

 それを起用している文藝春秋・産経新聞・そこから派生したWILLなどの雑誌といったメディアたちは、狂人に刃物を持たせて暴れさせているようなものであった。

 

 それが93歳で死んだ。

 老人は適当な時に死ぬべきだと発言しておいて、手前は90歳代に入って生きているとは図々しいと言われていた。夫の三浦朱門は、男性に必要な体力のバロメーターは女性を強姦できるかどうかだと発言する他いろいろ非常識な暴言を吐いていたから似た者夫婦であったが、それが晩年は認知症になって妻は迷惑をかけられていたそうだから、その介護疲れによる世迷い言だったのではないか。だから夫が死んだら発言撤回したかのように90過ぎても生きていた。

 しかし適当な時とは90歳代ということを自ら実証したので、みんなそれくらい生きればいい。また曾野綾子はインタビューで、自分はたいへん大食いで元気だと言っていたから、ちょっとくらい食べ過ぎてもいいということだろう。

 
 
 
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