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​炬火 Die Fackel 

 日本の選挙は投票率が低すぎて異常だといわれる。

 得票率40%で議席の80%を獲得できる選挙制度に問題があるにしても、それだけでこの投票率の低さになっているとは考えにくい。

 そもそも、この有権者の無関心は、選挙制度より以前に政治制度が日本に合ってないからだろう。


 与党内の派閥による勢力争いで政治のトップが決まっている。

 これでは投票してもしょうがないと国民の多くが思って当たり前だ。日本は天皇がいるから英国の真似をしたけど、議員内閣制度は日本の国民性に合わない。そんな議員内閣制は廃止して、大統領制にした方がまだ良い。



 そこで、マスコミに煽られ易い日本の大衆という課題がある。

 ウクライナのように芸能人が大統領になったら大丈夫かと心配だ。それでも、君主と国民とで責任をあいまいにさせるための不純な意図でできた議院内閣制度より、直接選ぶ国民の責任は免れない大統領制度のほうが、国民は政治に関心を持つだろう。


 ただし、憲法を一条から改訂する必要がある。

 そして天皇を、薩長によって拉致監禁されてきた江戸城から解放する。一族で引き受けてよいという人が、京都に帰って本来の宗教儀式を司る権威者に戻れば、寄付金はたくさん集まるし、どんな儀式をしようと自由である。

 その薩長の子孫が今も自民党で中枢にいるから、勝手なことをして無責任なのだ。それをとにかくやめささせることが日本にとって最良であること確実である。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年8月13日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年8月13日

 共産党の次の委員長は田村智子議員かと憶測が出ている。

 その動きが共産党の中に見受けられるからだ。参議院から衆議院に鞍替えするなど。そうなると初の女性+私大卒の委員長か、といわれるけれど、共産党の委員長は東大出ばかりで他の国立大卒も居なかった。

 (注釈、不破哲三委員長が病気で入院した時、代行で村上弘議員が委員長を二年弱務めて不破委員長に戻っており、それでも正式に委員長であり東大卒ではないから、東大卒ではない委員長が全くいなかったのではないと指摘がありました)


 それより、田村議員が出た早稲田大学では、学生を中心とした運動団体として共産党と正式に提携している民青同より、全共闘など新左翼が幅を効かせていたから、その意味のほうが共産党にしては初といえるのではないか。田村議員は学費値上げ反対運動がキッカケらしいが、あれは民青同が中心だった。特に早稲田大学では学生が大騒ぎしていた。



 志位委員長は二十年も長いと言う人がいる。

 だから独裁者ということではなく、漫然と惰性でやっているのでもない。自民党で総裁になりたがる人がいるのは首相をやりたいからだし、立憲党は新しいので自分の思い通りにしたがる人が代表になりたがる。しかし老舗の野党は方針がきまっていて、総裁や代表者ではなく執行部が対応して中心に委員長がいる。人事権も持たない。

 ただ、長くなると代わり映えしないことが難になる。


 他でもない志位委員長が就任したさい代わり映えで話題だった。

 あの当時、志位委員長はまだ三十代だった。だから長いけれど年齢的にはまだできる。また、議員になってすぐ病気で交代した水道橋博士が志位委員長と会った場面がテレビで放送されたことがあるけれど、水道橋博士は志位委員長を見上げて背が高いと驚いて言っていた。180センチを超える長身であるから、スーツを着たり、ジーパンをはいたりで、話題作りしていた。

 

 だから、次は初の女性委員長ということで話題作りも必要かもしれない。

 もちろん、公明党だって浜四津という女性がやっていたのだから、共産党は遅きに失したということも言える。あとは浜四津さんはちょうど自民党と組んで党がどんどん変節していく時期の人だったから、それに彼女も迎合していた。

 そうならないように、田村智子議員が委員長になったなら、しっかり気を付けて欲しいものだ。

 
 
 

 橋下徹は論外である。

 あれは、女子高生が首長に対して、当然の権利として自分に関わる政策を陳情したのに対し、大人になってから自分が政治家になって実現しろと言い放ったという非常識である。

 それを、生意気な高校生を橋下徹が正論で黙らせたと報じたマスメディアの虚偽も問題である。



 そうではなく、政治に文句があるなら政治家になれと言うのは如何か。

 ならば、現在活動中の政治家で、その話を聴いたら賛同してくれそうな人はいないか検討したのかと問うべきだ。そのうえで、居るなら陳情するべきで、そのさい独りではなかなか聞く耳持ってもらえないから、賛同なら付き合って同行するか、署名を集めているから名を連ねてくれとか言うもので、それが無いと床屋政談になってしまう。


 床屋政談も趣味であるならいい。

 プロスポーツで、誰か選手やチームの応援をするのでないが、話題にして面白いだけというのもけっこうである。ただ、それだと相手に興味が無い場合は、話題にしたら相手を退屈させるので止めるべきだ。

 これと同じで、床屋政談でも興味があって面白いというだけなら、相手も同じくらい面白がるならいい。そうでなければ止めることだ。


 趣味ではなく生活に密着しているのが政治である。

 だから興味が無いでは駄目だが、同時に、ほんとうに興味があるなら、具体的に何かしているのかという問題になる。ただ、特に政治活動してなくても、こんな政策を掲げている政党や候補者に選挙で投票するべきだと言うこともできる。こうするのが最も多くなるだろう。

 なのに、自分で選挙に立候補して政治家になれというのは的外れである。


 それでも言いたがる人がいる。

 そう他人に向かって、自分でやれと言ったからには、では言われたとおりにするので、協力してくれと言い返されたら拒否は無責任である。選挙がタダで立候補できるならともかく、学校の児童会や生徒会じゃないのだから、供託金が要るし、ポスターの印刷料金も、街宣車の燃料費もかかる。名を連呼して手を振りながらの脇見運転は危険で出来ないから、運転手も要るけれど、運転免許は持っているか、平日の昼間にできるか。他にも選挙用ハガキの宛名を書く作業など様々なボランティアがあるけれど、やってくれるか。

 こう言われて、資金を寄付するとか何か具体的にやるとか応える人は、ほとんどいない。


 政治に注文があるなら自分が政治家になれと言う人には、なら選挙に立候補するので協力してと言うべきだ。

 すると途端に前言を翻すなら、そんな人とは話をしないことだ。政治以外のことでも。そんな人は他のことでも同様であるものだから、そういう不誠実な人柄ということで、付き合うとろくなことがない。

 
 
 
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