政治に不満なら政治家になれというのは正しいか
- 井上靜

- 2023年8月11日
- 読了時間: 3分
橋下徹は論外である。
あれは、女子高生が首長に対して、当然の権利として自分に関わる政策を陳情したのに対し、大人になってから自分が政治家になって実現しろと言い放ったという非常識である。
それを、生意気な高校生を橋下徹が正論で黙らせたと報じたマスメディアの虚偽も問題である。

そうではなく、政治に文句があるなら政治家になれと言うのは如何か。
ならば、現在活動中の政治家で、その話を聴いたら賛同してくれそうな人はいないか検討したのかと問うべきだ。そのうえで、居るなら陳情するべきで、そのさい独りではなかなか聞く耳持ってもらえないから、賛同なら付き合って同行するか、署名を集めているから名を連ねてくれとか言うもので、それが無いと床屋政談になってしまう。
床屋政談も趣味であるならいい。
プロスポーツで、誰か選手やチームの応援をするのでないが、話題にして面白いだけというのもけっこうである。ただ、それだと相手に興味が無い場合は、話題にしたら相手を退屈させるので止めるべきだ。
これと同じで、床屋政談でも興味があって面白いというだけなら、相手も同じくらい面白がるならいい。そうでなければ止めることだ。
趣味ではなく生活に密着しているのが政治である。
だから興味が無いでは駄目だが、同時に、ほんとうに興味があるなら、具体的に何かしているのかという問題になる。ただ、特に政治活動してなくても、こんな政策を掲げている政党や候補者に選挙で投票するべきだと言うこともできる。こうするのが最も多くなるだろう。
なのに、自分で選挙に立候補して政治家になれというのは的外れである。
それでも言いたがる人がいる。
そう他人に向かって、自分でやれと言ったからには、では言われたとおりにするので、協力してくれと言い返されたら拒否は無責任である。選挙がタダで立候補できるならともかく、学校の児童会や生徒会じゃないのだから、供託金が要るし、ポスターの印刷料金も、街宣車の燃料費もかかる。名を連呼して手を振りながらの脇見運転は危険で出来ないから、運転手も要るけれど、運転免許は持っているか、平日の昼間にできるか。他にも選挙用ハガキの宛名を書く作業など様々なボランティアがあるけれど、やってくれるか。
こう言われて、資金を寄付するとか何か具体的にやるとか応える人は、ほとんどいない。
政治に注文があるなら自分が政治家になれと言う人には、なら選挙に立候補するので協力してと言うべきだ。
すると途端に前言を翻すなら、そんな人とは話をしないことだ。政治以外のことでも。そんな人は他のことでも同様であるものだから、そういう不誠実な人柄ということで、付き合うとろくなことがない。



コメント