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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年7月14日
  • 読了時間: 1分

 「死ぬことでしか国に貢献できなかった人」

 中江兆民は、山県有朋の死去のさい言ったが、こんな人は山県有朋に限らない。



 前にテレビで「永山則夫さん」と呼称していた。

 これは死刑になって罪を償ったからで、ただ死んだからではない。ところが安倍晋三は、ただ死んだだけ。法的に罪があるはずなのに権力者だから問われず償いもしなくて済んだ。永山則夫さんより悪質だ。


 そうでなくても、過去の政治家だから敬称は無用だ。

 外国でも政治家などは私生活の話以外では呼び捨てが普通であるし、過去の人だから死んだとしても哀悼の意も無用だ。


 あのエルビス-コステロは言った。

 かつてニューヨーク市立図書館で講演したさいのこと。サッチャー首相が死んだときに批判する歌を唄うとは不謹慎だと言われたが、だからこそ唄うのだ、と。あの人がこの国にしたことが許せない。弱者を踏みにじったから。これは民主主義社会なら当然の政治家への批判だ、と。


 これは個人の関係とは別物である。

 
 
 

更新日:2023年7月13日


 元産経新聞の三枝玄太郎という人がジャニーズ問題で不可解な発言。

 ということで話題になっていたが、それは特に不可解ではない。ただ、そう感じる人がいるのは、そうなる事情を知らないのだろう。


 もともとは音楽プロデューサーの松尾潔氏の件だった。

 彼は、ジャニーズの未成年者性的虐待について、海外の有名メディアにまで取り上げられてしまったのだから、それ相応の対応が必要だという趣旨の発言をしただけなのに、契約していた芸能事務所から期間の途中で契約を一方的に破棄された。

 とくに批判的というほどではない発言なのに、商売で縁がある相手方だから、それに少しでも触れたら「不敬」で「一発退場」になったと松尾氏は述べた。



 すると松尾氏が共産党の機関紙に登場したことをやり玉にあげる人たち。

 その政策に賛同のメッセージを寄せる人たちに名を連ねていることを取り上げて、奇妙な牽強付会をしていた。これに便乗して上記の元産経氏は、この件に関心が強いのは東京新聞の望月衣塑子氏や赤旗社会部長や岩波系の人たちだと述べた。だから何?どんな関係があるの?

 しかも、ジャニー喜多川は許せないが、先の連中に「叩いてくれ」と頼んだ覚えはないという、不可解な言葉をSMSで発信したというわけだ。

自分は許せないけど叩いている人たちが気に入らないなら、自分が叩けばいいだけのことだ。


 ところがジャニーズを批判する人は左翼や共産党とレッテル貼り。

 こうすれば思考停止で不問にできると思っている連中がいる。弱者に対する性加害を黙認しないことに右とか左とか関係あるのだろうか。そういう疑問を持つ人たちがいるけれど、関係ある。

 もともと右翼は「すべての人に等しく人権があるというのはとんでもないことで、地位の低いものは地位の高いものに従うべきだから、低い者は不道徳や理不尽も忍従すべき。それが間違いという人は左翼だから否定」という価値観である。

 だから山口敬之もとTBS支局長の性犯罪でも、故ジャニー喜多川の未成年者性的虐待でも、倫理・道徳。法律などに違反していても、それを訴えたり批判したりする方が悪いということだ。また、性犯罪以外でも、片山さつき議員の「ひき逃げ」から、医師や弁護士の不祥事まで、「エライ人」は違法行為をしても一般人から批判されたり訴えられたりする筋合いでは無いという居直りが堂々とまかり通って、必ず相手方に「左翼」などの言葉を浴びせて非難するものだ。


 そもそも「右翼」の語源から明らかである。

 フランスで王党派など封建制・身分制・特権階級の維持に拘る勢力が議会の右翼席に陣取り、これに反対する共和派らが左翼席に陣取ったことから、政治的に右翼・左翼というようになった。

 アメリカは封建時代が無いので保守最大の団体が左派の論理によって立つ共和党であるなど右翼イコール保守ではないのに対し、日本は天皇がいるのでフランスの図式が当て嵌まるうえ、保守と右翼は殆ど同義語になっている。

 したがって、社会的強者なら性暴力も容認、法の下の平等は否定、というのは右派なら当たり前の発想であり、これに保守派も近い態度で、そんな不平等・不公正は法律にも倫理にも反していると問題にするのは左翼だという発想にもなる。


 という次第で、元産経氏らの言うことは不道徳ではあるが不可解ではないのだ。

 
 
 

更新日:2023年7月18日

 山本太郎議員が会見で怒りをぶちまけた。

 立憲党は代表者が野党共闘は止めにすると公言し、それは勝手だが、では前回の衆議院議員選挙でれいわ組は、候補者の四割を降ろし、野党統一候補は無、という一方的譲歩をしたのは何だったのか。

 立憲党は国民党・維新の会と実質同じで、闘う野党ではなく物わかりの良い野党に徹し、断固反対で廃案だと言っていた法案が次々と通り、自民党にとってスポンサーである経団連など財界の一部(いわゆる死の商人)が求めている軍拡財源法を、阻止する手立てがあるのにやらず、通ってしまった後にどうせ否決される内閣不信任案をいちおう出して見せるという茶番劇を演じる。そんなことをしている野党第一党に協力など害悪でしかない。


 そこで、れいわ組は議会運営に抗議した。

 そうしたら懲罰である。これに立憲党は賛成しておいて、自民党が言うより軽い処罰にするように提案したと言う。まるで、殴ってもいいけど拳骨ではなく平手打ちにしてやれと言うようなものだ。

 このように山本太郎が怒っている立憲党の自民党へ擦り寄る態度。



 立憲党と同じ方に共産党を引きずり近づけようという策動もある。

 これを危険と見る人たちがいる一方で、大政翼賛会への流れに竿挿す連中がいる。彼らは、それを止めようとすることに対し攻撃を加える。自民党と変わらない立憲党に合わせて同じになるなんて駄目だというのは当たり前のことだが、それを、旧態依然の共産党の上層部が「統制」しようとしているのだと誹謗する。


 その図式の一部が、前に指摘した自称-野党寄りユーチューバーの今井一や、自称-野党寄り社会学者木下ちがや(ハンドルネームこたつねこ)たちである。

 もともと木下など立憲党の支持者からも評判が極めて悪く、野党側を偽装して自民党の側へ牽引しようとする品の悪いアジテーターだが、そうでなくても見破れて当然の、ありえない捏造話や現場を全く見ていないことが丸判りの言質である。


 こんなのは、かつては大手メディアで大々的に喧伝されていたことだった。

 ところが、最近ではネット上で煽り立てられている。もちろん下品さは同じである。これに波長が合う人もいて、そういうのは直接相手にしたら駄目で、周囲に注意を呼びかけるべきだと、もう何年も前から言われているが、それが実行されても下品な者たちほどしぶといので、退治は未だである。

 
 
 
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