- 井上靜

- 2023年8月23日
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昭和天皇がマッカーサーに対して、国民を案じ「私の一身はどうなろうと構わない」と言ったとされてきた件。
これは1945年9月27日の会談でのことで、通訳によれば昭和天皇がそう発言した記録は一切ないし、この2日前に天皇は米国記者に開戦責任を東條に転嫁し、自分は平和主義をアピールして自己保身を図っていた。
この住友陽文氏( 歴史学者・専門は日本近現代史)大阪公立大学教員)の指摘に対して、和田政宗参議院議員が反論していた。
博士号は取得してないが大学で日本外交史研究を始めたと自称し、これ以来、一次資料等を調査してきたところ昭和天皇から同趣旨の発言が出ていたのは明らかだとする。
ここで「博士号は取得していないが大学で~」と言っているからには、修士までは取得したという意味になる。しかし彼の最終学歴はが学部卒で、その形跡は見当たらない。
また、そこで挙げられたのは一次資料ではなく論文で、その内容も、当の発言があったとは言えないという趣旨だった。

この和田政宗議員が平気で無茶苦茶なことを言うのは有名である。
それで日本酒のCМソングの替え歌で「♪やっぱりバカな~和田政宗」と昔から歌われ揶揄われてきた。
一般的に、何が何でも裕仁天皇はそう言ったと信じる人が多いのは、朝日新聞による刷込みの成果もあるはずだ。
もちろん当の天皇発言は、新聞によって大々的に喧伝された。ただ、その中でも朝日新聞の天皇擁護に対する執念は並外れたもので、連載漫画『フジ三太郎』でも裕仁天皇がマッカーサー元帥にそう言っている場面を見てきたかのように描き、それに主人公一家をはじめ日本国民全員が日の丸の小旗を振って感謝するのを執拗に繰り返して、こうでないと非国民というファッショそのものの紙面だった。
この問題は拙書『朝日新聞…』(blog参照)でも取り上げている。
おそらく和田政宗議員は、朝日新聞の読みすぎなのだろう。それで洗脳され、何を読んでも裕仁天皇は立派だったとしか解釈できなくなったのだろう。


