top of page

​炬火 Die Fackel 

 政治と金の問題について。

 これは昔から言われていたことだが、これについて田中真紀子の発言が面白かった。「政治には金がかかる」と訳知り顔で言う政治評論家みたいなのがマスコミに出ているので、そのさい「あんたたちがいるからだ」と言ってやったそうだ。

 つまり、そんなマスコミ人たちが、たかるからというわけだ。政治家がマスコミを買収してもいるが、その前にマスコミ人たちの方から寄って来ることもあるだろう。

 これは考えてみたら当たり前である。




 その訳知り顔の受け売りをする庶民もいる。

 その中で、前に普通の主婦が言っていたのが忘れられない。ちょっと得意になって「政治にはお金がかかるんでしょう」と高圧的な感じだった。それだけなら、よくあることだ。

 ところが、この人は他でも例えば親に虐待された話をする人に険悪な顔をして睨みつけて「でも育ててもらったんでしょう」と言っていた。

 いうまでもないが、そんなことを言ってしまうのは、親子とか家庭とかの構造的な問題について無知だからだ。



 だから共通点がある。

 苦しむ庶民がいるのに「でも政治にはお金がかかる」と言って腐敗政治を正当化してしまうことは、親に虐待された子供の話で「でも育ててもらった」というのと同じ仕組みの発想で、物事をあまりにも単純に捉えてしまうことによる。例えば戦争などで食料が不足しているというけれど庶民は痩せこけて無いじゃないかと言うようなものである。闇で買って食べていたとか色々あるからなのは少し考えてみれば解るのに。

 これが小学生か、せいぜい中学生ならともかく、大人になっても相変わらずの人はいるものだ。ただ、そう多くないだろう。


 ただ、この発想をする主婦は可哀想に思えた。

 おそらく、自分の子供に対しても、大した額でもないのに、また愛情が乏しいのに、金かけて育ててやったと思っているのだろう。実際に息子の態度が面白くないと、よく言っていた。そのさい自分は悪くないと言う調子だった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月25日
  • 読了時間: 2分

 海自幹部165人が靖国神社に集団参拝。

 防衛省は共産党の機関紙の取材に対して事実を認めた。これを同機関紙が報じた。その記事によると「研修」として公用バスで九段下まで赴き、史跡の見学をして「休憩時間」に165人が一斉に参拝したという。



 どうみても見学は方便だ。

 この問題で靖国神社の性質から批判する人たちがいて、これは共産党の機関紙も同じ姿勢だが、もちろんそれもあるけれど、靖国神社でなくても他のいかなる宗教でも、自衛隊の組織が関わると悪いことである。

 なぜなら、宗教は国より上にあるからだ。そして政府に従うなと宗教から指示されたら言う通りにしてしまうことがある。それを自衛隊がやらかしたら極めて危険だ。だから、個人なら信教の自由だが、集団だと問題になる。


 宗教も処世術で権力にすりよる。

 しかし、逆らうことも多い。例えば、スポーツ選手の中にはセレモニーのナショナルアンセムで起立しない人たちがいるけれど、独立運動のあるアイルランドやスコットランドの選手の他に宗教が理由の人たちがいる。だいたいエホバの証人の信者である。

 特にスポーツ選手にとって、国歌吹奏で反抗するのは難しいことだけど、エホバの証人のように信仰心が強い宗教では、神では無く人が作った国を崇拝することは拒否して当たり前で、命懸けで貫く。

 その点で靖国神社は大丈夫だと思ったら大間違いである。


 「富田メモ騒動」を思い出すといい。

 宮内庁長官が昭和天皇の発言を書き留めていた中に、靖国神社のA級戦犯合祀について、無神経なことで不快だから、もう参拝しないことにした、という趣旨の発言があり、実際それから昭和天皇はそのとおりにしていた。

 これが日経新聞によって報じられると大騒ぎになった。この政治的な影響は別にして、天皇と靖国神社とで考えが対立することが有り得ることは、はっきりした。

 そこで自衛隊の組織内の一部が、靖国神社に肩入れしたら、どうなるか。


 つまり自衛隊幹部たちの靖国神社集団参拝は自衛隊内での叛乱も同然である。

 これには厳正な処分が必要であり、参拝した幹部自衛官たちは逮捕して裁判にかけるべきである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月18日
  • 読了時間: 2分

 杉田水脈議員は最高裁判所に上告していた。

 TBS記者の男性から性暴力を受けたと訴えた女性の記者に対し、ツイッター(現バツ。エックスとも言う)上で「枕営業の失敗」などとする複数の匿名投稿があった。これらは明らかに、匿名で嫌らしいことを投稿する卑劣漢の行為であった。

 こうした投稿25件に「いいね」を押した杉田水脈議員は、侮辱的行為であると訴えられていた。


 一審の東京地裁判決は侮辱と断定できないとした。

 「いいね」だけでは何に対してか不明確である。侮辱と断定できないとした。それが「称賛」から「悪くない」まで幅広い感情を含み、また対象が投稿の全部か一部かも区別できない。

 この一般論により賠償責任を否定した。

 それはある。


 例えばクリミア情勢でのこと。

 政治的な共感ではあく、あの美人検事ナタリアポクロンスカヤにハートマーク押しただけの人は少なくないだろう。

 だから、差別発言に共感して「いいね」しても、杉田水脈議員にハートマーク押したのだと空々しい逃げも可能である。



 ところが杉田水脈は他でも悪意を示していた。

 これを二審判決は重視した。杉田議員が当時、その女性記者に批判的な言動を繰り返していたことなど、「いいね」が押されるまでの経緯から「侮辱する内容のツイートに好意的・肯定的な感情を示すために行われたものと優に認められる」と結論付けた。

 これに不服だった杉田水脈議員は上告していたが、裁判官全員一致の意見で、上告の理由に当らないと退けられたのだった。

 これは法的な仕組みからテクニカルに無理だったはずである。

 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page