殺害予告と警察の偏向した対応
- 井上靜

- 2023年12月6日
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塩村あやか議員に殺害予告が来たそうだ。
これは彼女の発言に対して反感を持つ人による嫌がらせ、またはそれに便乗した者によると推察されている。
だいたい殺害予告は脅迫か嫌がらせであることが相場である。本気の場合は警察に予告することがあるそうだが。
殺害予告なら、防衛医大の訴訟のさい何度も来た。
この訴訟は、後から報道されることで知った人が圧倒的に多く、係争中に知っていたのは、医療過誤の被害者団体の人たちだけだった。だから脅迫や嫌がらせは相手方のうちの誰かとしか考えられなかった。
しかし、警察に言うと「嫌がらせだから気にしなくていい」ではなく「訴訟を取り下げろ」だった。この辺りは拙書『防衛医大…』でも説明している。
このような警察の政治的な偏向は、何か事件があるたびに話題となる。
そして警察官の中にも、それを認める人がいる。一般的な警察とは異なる論理で行動している部署があるからだと言う。
ただし、交番のお巡りさんには親切な人がいる一方で、権力を笠に着て残忍な行動をとる警官がいるけれど、それは個人の性格だけでなく、同じ人が親切だったのに豹変することもある。

赤塚不二夫が漫画に描いていた。
赤塚不二夫の父親は警官をしていたことがあり、だから『天才バカボン』には文句を言われたそうだ。しかし学生運動のデモに暴力をふるっている警官を何度も目撃していて、その目を吊り上げた形相は両目がくっ付いたように見えるほどだった。自分の父親と同じ小市民的な人が権力を笠に着ると豹変してしまう実態を見てしまった。だからギャグマンガとはいえ、創作で親に文句を言われようと妥協できない。
そういうことだったが、これについて女性の漫画家でレディースコミックを描いている人が言っていた。親に褒められるようでは駄目だ。漫画に限らず、創作とは、どんな分野でも同じだ、と。
それはともかく、脅迫や嫌がらせは卑劣だ。
だが、するのは個人の資質であるけれど、これがまかり通っているのは社会に原因がある。自分はやっていないと言っても、そんな社会を構成する一員ではあるのだから、その責任は絶対にある。



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