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​炬火 Die Fackel 

 毎年、必ず、うんざりする話。

 八月十五日は終戦の日ではないのに、日本だけが戦没者の追悼式とか、政府が国民を誤解に導いて、国民の多くは騙されている。

 先日、『八月の狂詩曲』の話題を取り上げたが、その次に黒澤明監督が作った映画『まあだだよ』で、主人公の内田百閒が唄う中に「♪戦に負けて占領されて、終戦なんぞとバカを言い」との部分があり、聞いた弟子たちは笑っていた。


 八月十五日は敗戦の日である。

 日本は戦争で勝つことを諦めたという発表を公式に天皇がラジオで表明したから、当たり前である。それで終わってはいない。実際、それから九月になるまでアメリカ軍と散発的にだが戦闘は続いていた。

 そして樺太にはソビエト連邦軍が侵攻して犠牲者も出ていた。このさいの占領にアメリカは協力していた。ソビエトがやっつけたドイツの半分をアメリカは頂戴したから、代わりにアメリカがやっつけた日本の一部をソビエトにくれてやったのだ。


 ほんとうに戦争が終わったのは九月二日である。

 これは戦争に参加したり巻き込まれたりした国々では常識であるのに、日本は知らない人がいて、なぜなら政府が誤魔化しているからだ。

 戦争は相手があるから、降参だと一方が言っても、相手が同意してくれないと終わらない。日本は米軍艦ミズリーの上で全権大使が降伏文書に署名して、これで戦争が終わったのだ。



 この事実を知らせないことで好都合な人たちもいる。

 天皇が負けたと言って戦争が終わったという不自然なことに国民が気づかないと好都合な人たちが政府にいる。また、八月十五日の後にアメリカ軍とソビエト軍が日本を攻撃したのは不当だと非難もできるし、朝鮮戦争が停止しただけで終戦も休戦もしてないから身構えているのに、それが無意味に周辺の国を攻撃したがっているというバカげたプロパガンダをするのにも役立つ。


 そして今もウクライナ問題でプロパガンダを垂れ流している。

 プーチン大統領は、もう停戦が出来ない状態であると表明した。ウクライナ軍がなりふり構わずで無茶苦茶だから。それというのも背後でけしかける西側諸国のため。

 まったくその通りだが、樺太侵攻の時と同じように事情を誤魔化している。

 そして、政府のデタラメに対して野党が批判して八月十五日ではなく九月二日に戦没者追悼式を変えろと主張しないのも悪い。

 
 
 

 高市早苗議員が「戸籍上のファミリーネーム、家族一体とした氏は残したい」

 選択的夫婦別姓は、夫婦同姓も選べる。なぜ戸籍の「氏」が同じであることを強要するのか。これに高市氏は合理的な説明ができていない。

 ただ「家制度」に固執しているだけではないか。

 共産党の機関紙の社会部長その他、立場は異なる色々な人たちが、同様の指摘をしていた。



 ところで、かつて「文明としてのイエ社会」という本がベストセラーだった。

 これは村上泰亨・公文俊平・佐藤誠三郎の共著で、1979年に中央公論社から出た。著者らは経団連の御用聞きで、中曽根ブレーン。続けて80年代に入ると、統一協会の支援を受けた中曾根内閣が成立する。

 この本は、日本の保守イデオローグにとりバイブルも同然である。統一協会の価値観とも合致している。その主旨とは、日本が非欧米唯一の先進国となれたのは日本独特の家社会の為とするもの。この呪縛が今もある。


 なんてことない、マックスウェーバのパロディである。

 『職業としての政治』『プロテスタンティズムの精神と資本主義の精神』といった政治学・社会学の古典を真似て、資本主義を進歩させたのは金儲けを忌避する宗教的価値観という歴史の逆説と同じように、日本独特の封建的な家制度が近代化を促進させたのだと正当化したわけ。

 こういう、歴史の逆説というコジツケ屁理屈で正当化をしてきた保守イデオローグに拠っている自民党だから、いくら合理的な根拠を示して不合理や間違いを指摘したところで、自民党には「蛙の面に小便」も同然なのだ。


 ちなみに「蛙の面に小便」は本来「鮭の面に水」だが、自民党の面なら平気ということで、蛙に失礼な譬えを用いさせてもらった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年7月29日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年7月29日

 バツ(エックス)でフォロワーから知らされた。

 こちらのバツアカウントについて、自分は在日朝鮮人だと言う人が「鋭い論考、参考にしてきた」と言ってくれたのはありがたいけど、その一方で「バカ」な態度だから批判すると言って、過日の都知事選挙の話をしていた。

 それは在日朝鮮人だからこそ解ることだと言う。


 その指摘は、もちろんわかっているに決まっている。

 百合子から蓮舫に変われば全て解決だという幻想で蓮舫を応援してるい人たちがいるけれど、その中の一人だと非難していた。

 しかし、もともと選挙の候補者の支持や応援をSNSですることはなく、街頭に立ったりビラ配布したりの行動をしてきた。今で言う一人街頭宣伝を十数年前から実行していたのを見たことある人たちもいる。

 しかも今回の都知事選では何もしてない。つまり蓮舫の支持表明をしてない。だから勘違いの非難だ。


 その勘違いの素は読み違えだ。

 投票は平仮名で良いんだよ、自分も面倒だからそうした、と言っただけ。つまり蓮舫に投票はしたというだけのこと。蓮舫を特に支持してはいないし、百合子に辞めて欲しいから蓮舫に投票した。他の候補者に投票してない、ということ。

 また、かつての参議院選挙では、蓮舫を支持しないけど当選しそうだと感じたら当たったから、今度も当選はありと感じた、と述べたに過ぎない。あの参議院選挙の時に共産党は蓮舫がイラクのことがあったのにブッシュに肯定的だから批判したけど、都知事選は事情が違うし小池に対抗する候補者なら応援する、選挙は所詮そんなもの、ということで、それには同感だ、ということで、とうてい積極的支持ではない。



 小池が蓮舫に代わっても大した違いは無さそうだという指摘はとっくにわかっている。

 とかく選挙はそうだとわかっているからこそ、去年の今頃はオリバーストーンの話をした。ブッシュじゃなくなれば良いからオバマに投票した人がいて、自分も投票したけど期待はずれどころか、あそこまで露骨な裏切りをするとは思わなかった、とストーン言っていた。この話を取り上げたはずだ。

 それなのに、批判していた蓮舫を支持して共産党と同じ弁解をしたという根拠に引用をしていたが、ちゃんと読めば明らかに曲解である。あれは正確には連合の芳野会長を批判したものだった。蓮舫は共産党と同じだと言うけど、もともと大きな違いがある。部分的な一致で支持することは選挙なら普通のこと。当たり前なのに芳野は統一協会だからわからない、ということだった。


 そのお方は、単にそそっかしいのか、自分だけが見識を持っていると言いたいのか。

 どちらにせよ、その「蓮舫に変われば全て解決なんて考えは甘い、という指摘なら、こちらも、もともと同意見ですよ、ということ。

 そもそも、蓮舫を応援した人の多くが、期待しすぎては駄目と認識していて、しかし、とりあえず小池を落とせないかという人が多かったはずだ。あるいは蓮舫が参議院議員選挙の時から売りにしていた子育て政策に共感して、これが最優先という人。

 それにケチをつけるなら、他の候補者で誰が良いのか。ところが、その人は他の候補者の方が良いとは言ってない。他の有力候補者も駄目だと明言していた。それなら、ただ絶望だと言えばいい。それなら理解できる。

 
 
 
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