top of page

​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年2月14日
  • 読了時間: 2分

 三浦和義氏の葬式に鈴木宗男議員から花輪が届けられていた。

 三浦氏が製作した映画に鈴木議員もカメオ出演していたり、親交があったからだ。この当時、三浦氏に訊いたことがある。鈴木宗男という人は、国会で野卑た顔して嫌らしい野次を、質問している野党議員に浴びせるなど良い印象がないのだが、何か長所はあるのか。三浦氏は、男とはこうあるべきだと思わせることが鈴木議員にはあると言う。

 もちろん、外交族議員として横柄な態度が問題になったさい、これがテレビで取り上げられたり、同じ自民党の議員からも叩かれたりしていたから、その悪印象がまずあって、他に長所もあると考えられはする。




 しかし鈴木議員は、いかにも田舎から出てきた成り上がり者だ。

 貧農の出身で、かなり無理して東京にある私立大学に行き、同郷の中川一郎議員の秘書になり、その急死で自分が後を継ぐと言い出して選挙に立候補すると、反発した周囲の人たちが対抗して亡き中川議員の息子を担ぎだし「骨肉の争い」と言われた。

 このように、貧しい出自の人が出世するためなりふり構わずの強引さであったから、そのあとはひたすら権勢に媚びて嫌らしい態度であったのも自然のなりゆきだ。


 ところが、自民党を追われて維新に入るがこれも追われた。

 そうしたら、今までと打って変わって信念を貫くようになった。もともと道東の出身だから領土問題でロシアと交流があり、そこから現在のウクライナ情勢の問題でも積極的な外交と発言をしている。それで叩かれても、かつてのように悪口を言われたさいの変な気にし方は見せなくなった。今でも色々と言われて内心では怒っているはずだが。しかも昔とは人相まで違っている。

 これは出世亡者の道から離れたからだとしか思えない。そこから一般的にも見せるようになった態度を、前から一部の人たちには見せていたのかもしれない。その一部の人たちの一人に三浦和義氏がいたということだろうか。 

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年2月13日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年2月14日

 小川淳也立憲党幹事長が非常識な発言をした。

 もともと立憲党は、何が何でも減税に反対であり、福祉などの財源が必要としながら、それなら福祉の対象である低所得者から税金をむしり取ることだけは止めるべきだと言われても絶対に認めない。立憲党は、共産党や社民党やれいわ組とは違い、あくまで大企業を優遇し庶民から絞る方針である。そういう言葉の表現を使用していないけれど、公言している話の内容は、そういう意味である。

 そんな中で小川幹事長の発言があった。




 小川淳也幹事長は消費税率を引き下げることに反対する。

 それで滑稽どころか啞然とさせられた人たちが多いのが、消費税率を下げる(または非課税対象を増やす)と高額所得者ほど恩恵があるから庶民のためにならないという発言だった。高価な商品の物品税や贅沢な食事の飲食税ではなく、生活必需品にあまねく課税されるから低所得者ほど重圧になる消費税について、減税が富裕層ほど恩恵になると政治家が言ったのだ。驚き呆れて当然だろう。

 これと形の違う同趣旨の間違いなら、昔からあった。


 かつで大学で経済学を履修した時のこと。

 それは累進課税とか消費税のような付加価値税とかの話にさいして、同じ税率では逆に不公平になるという話だった。がんばってうまくいって多くの収入を得たから贅沢をすることまで否定しないが、人間が生活していく基本の経費は少しの違いしかない。

 「松下幸之助は庶民の何十倍も飯を食うのか」

 そういう譬えを先生はした。この人の世代からすると金持ち日本人の象徴が松下幸之助だったのだろう。今ではパナソニックになって創業者の名は会社から消えているが。とにかく、その時代から、とっくの昔に指摘されていたことだ。基本的な生活費は庶民も富裕層も大きな差は無い。これを、今どき理解できない人がいて、それが政治家で、立憲党の幹事長というのだ。


 おそらく小川淳也幹事長は野党だけど減税反対と言いたかったはずだ。

 それで、富裕層ほど金を使うとか、それで消費税率を下げると富裕層ほど得だとか、屁理屈のつもりで無知をさらけ出してしまったのだろう。 

 だとしても、よく恥ずかしくないものだ。

 

 

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月16日
  • 読了時間: 2分

 タレント学者の三浦瑠麗の元夫に実刑判決と報じられた。

 これは他所様の金を自分が経営する会社に入れてしまったという犯罪だが、そのさい妻がマスメディアに出ていることを信用づくりに利用していたから、単に妻がマスメディアに出ているというだけのことではなく関係があるはずだと逮捕当時に言われていたからだ。

 それで、後に離婚はしたが、裁判の報道で「元夫」と言われた。これは約四億円と額が大きかった。



 会社と四億円で連想させられたのが殖産住宅事件だった。

 あれは1970年代のこと。殖産住宅で贈収賄や使途不明金の事件があり、この会社の創業者で会長をしていた東郷民安という人は巨額の脱税で執行猶予つきの有罪判決を言い渡されたが、罰金の約四億円を払えず労役になり収監された。同じ約四億円でも今より大きいから、いくら三浦瑠麗の元夫の会社とは比較にならない大企業の重役でも、無理というものだったらしい。

 そのあと東郷民安は癌の治療のため病院に移された。このさい告白を発表している。


 その告白の一部が驚かれた。

 もとは、中曾根康弘の選挙資金を作るためだった。これは裁判でも言っていた。東郷民安は中曾根康弘と高校の同級生だった。大学も、学部は違うが同じ東京大学だった。それで東郷は、無二の親友である中曾根のため、自民党の総裁選挙に立候補する資金を作ろうとした。

 ところが、当時の自民党ではマスコミが「角福戦争」と呼んだほど熾烈な勢力争いを田中角栄と福田赳夫が繰り広げていた。そこで他の者は勝ち目が無いので、中曽根は田中角栄と取引した。自分と仲間たちは田中に投票するから、将来は田中が中曾根を支援すると取り決めた。

 これで選挙資金は無用となっていたから、中曽根は東郷の言うことを否定した。


 後に中曾根は総理大臣になった。

 田中一派の支援を受けて。だから田中派が大量に入閣して「田中曾根内閣」と皮肉られた。それでも念願叶ったわけで、この一方で親友だった東郷は悲惨な状態に陥り、「中曾根くん卑怯じゃないか。親友だと思ってやったことなのに」と恨みつらみを語っていた。

 他にも中曾根という人は逮捕されても当然の疑獄で取り巻きが悲惨なことになり自分は逃げ御失せているから、出世のためにはなりふり構わずだけど狡賢くもあったということだ。

 そんな人を友達だと思ってしまったのが間違いということ。その後も殖産住宅は続いていたが、経営破綻で今は無くなった。


 取るに足らない三浦瑠麗の元夫のことから、外れた単なる連想をしたのだった。


 

 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page