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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年2月13日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年2月14日

 小川淳也立憲党幹事長が非常識な発言をした。

 もともと立憲党は、何が何でも減税に反対であり、福祉などの財源が必要としながら、それなら福祉の対象である低所得者から税金をむしり取ることだけは止めるべきだと言われても絶対に認めない。立憲党は、共産党や社民党やれいわ組とは違い、あくまで大企業を優遇し庶民から絞る方針である。そういう言葉の表現を使用していないけれど、公言している話の内容は、そういう意味である。

 そんな中で小川幹事長の発言があった。




 小川淳也幹事長は消費税率を引き下げることに反対する。

 それで滑稽どころか啞然とさせられた人たちが多いのが、消費税率を下げる(または非課税対象を増やす)と高額所得者ほど恩恵があるから庶民のためにならないという発言だった。高価な商品の物品税や贅沢な食事の飲食税ではなく、生活必需品にあまねく課税されるから低所得者ほど重圧になる消費税について、減税が富裕層ほど恩恵になると政治家が言ったのだ。驚き呆れて当然だろう。

 これと形の違う同趣旨の間違いなら、昔からあった。


 かつで大学で経済学を履修した時のこと。

 それは累進課税とか消費税のような付加価値税とかの話にさいして、同じ税率では逆に不公平になるという話だった。がんばってうまくいって多くの収入を得たから贅沢をすることまで否定しないが、人間が生活していく基本の経費は少しの違いしかない。

 「松下幸之助は庶民の何十倍も飯を食うのか」

 そういう譬えを先生はした。この人の世代からすると金持ち日本人の象徴が松下幸之助だったのだろう。今ではパナソニックになって創業者の名は会社から消えているが。とにかく、その時代から、とっくの昔に指摘されていたことだ。基本的な生活費は庶民も富裕層も大きな差は無い。これを、今どき理解できない人がいて、それが政治家で、立憲党の幹事長というのだ。


 おそらく小川淳也幹事長は野党だけど減税反対と言いたかったはずだ。

 それで、富裕層ほど金を使うとか、それで消費税率を下げると富裕層ほど得だとか、屁理屈のつもりで無知をさらけ出してしまったのだろう。 

 だとしても、よく恥ずかしくないものだ。

 

 

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月16日
  • 読了時間: 2分

 タレント学者の三浦瑠麗の元夫に実刑判決と報じられた。

 これは他所様の金を自分が経営する会社に入れてしまったという犯罪だが、そのさい妻がマスメディアに出ていることを信用づくりに利用していたから、単に妻がマスメディアに出ているというだけのことではなく関係があるはずだと逮捕当時に言われていたからだ。

 それで、後に離婚はしたが、裁判の報道で「元夫」と言われた。これは約四億円と額が大きかった。



 会社と四億円で連想させられたのが殖産住宅事件だった。

 あれは1970年代のこと。殖産住宅で贈収賄や使途不明金の事件があり、この会社の創業者で会長をしていた東郷民安という人は巨額の脱税で執行猶予つきの有罪判決を言い渡されたが、罰金の約四億円を払えず労役になり収監された。同じ約四億円でも今より大きいから、いくら三浦瑠麗の元夫の会社とは比較にならない大企業の重役でも、無理というものだったらしい。

 そのあと東郷民安は癌の治療のため病院に移された。このさい告白を発表している。


 その告白の一部が驚かれた。

 もとは、中曾根康弘の選挙資金を作るためだった。これは裁判でも言っていた。東郷民安は中曾根康弘と高校の同級生だった。大学も、学部は違うが同じ東京大学だった。それで東郷は、無二の親友である中曾根のため、自民党の総裁選挙に立候補する資金を作ろうとした。

 ところが、当時の自民党ではマスコミが「角福戦争」と呼んだほど熾烈な勢力争いを田中角栄と福田赳夫が繰り広げていた。そこで他の者は勝ち目が無いので、中曽根は田中角栄と取引した。自分と仲間たちは田中に投票するから、将来は田中が中曾根を支援すると取り決めた。

 これで選挙資金は無用となっていたから、中曽根は東郷の言うことを否定した。


 後に中曾根は総理大臣になった。

 田中一派の支援を受けて。だから田中派が大量に入閣して「田中曾根内閣」と皮肉られた。それでも念願叶ったわけで、この一方で親友だった東郷は悲惨な状態に陥り、「中曾根くん卑怯じゃないか。親友だと思ってやったことなのに」と恨みつらみを語っていた。

 他にも中曾根という人は逮捕されても当然の疑獄で取り巻きが悲惨なことになり自分は逃げ御失せているから、出世のためにはなりふり構わずだけど狡賢くもあったということだ。

 そんな人を友達だと思ってしまったのが間違いということ。その後も殖産住宅は続いていたが、経営破綻で今は無くなった。


 取るに足らない三浦瑠麗の元夫のことから、外れた単なる連想をしたのだった。


 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月15日
  • 読了時間: 3分

 今は亡き山本コータローは選挙に出たことがあった。

 それは彼が病死するよりずっと前のことで、彼はシンガーソングライターだがタレントとしてよくテレビに出ていたのに急に出演が無くなって、その直後に選挙に出たのだった。このため、山本コータローはテレビから干されたのだろうと言われていた。

 そして、彼が元々から関心があった環境保護と女性の社会的平等権を訴えの中心に据えた団体を作り選挙に出たが、当選者を出すことはできなかった。



 山本コータローとテレビで組んでいたのが田中康夫だった。

 この二人は同じ大学を卒業しているので話が合うような印象だった。そして田中康夫も選挙に出た。こちらは当選できたが、その後は御粗末だった。上手くいかないというより、もともと田中康夫には政治に見識も意欲も無かったのだろうと指摘がされていた。これは彼が新しいことを試みているようでいて実は全く無策だったからだ。

 そして、田中康夫は小説家として一発屋だったから、それで政界入りしただけ、どうせそんなことだったのだろう、と言われていた。


 もう一人の山本といえば太郎である。

 ただ、山本という姓は非常に多く、これより確実に多いのは佐藤・鈴木くらいではないか。だから同じ姓で名にも共通する部分があるといっても、とくに意味はない。

 また、山本コータローはフォークソングが流行っていた時にヒット曲または名曲と言われる歌があり、その上でテレビタレントをしていたし、社会派の発言をすることもしばしばだったのに対し、山本太郎はお笑い芸人ふうのテレビタレントから普通の俳優もするようになったが、演技は下手くそと言われてばかりで、特に社会派の発言は無かった。それが原発事故があったら、原発に反対したら芸能人は干されてしまうけれど、自分は芸能人をやめても原発に反対すると言い出した。かなり唐突であった。

 こうなると、山本太郎は芸能人として限界を悟ったから方針転換したのだろうと言われていたれど、その通りかもしれないと思ってしまう。


 山本太郎は立憲党の支持者から嫌われていた。

 それが最近では共産党の支持者から非難されるようになった。立憲党は自民党の亜流だから相容れないのも当然だが、共産党の方面から嫌われるようになったのは、山本太郎一派による共産党に対する中傷誹謗がひどすぎので我慢できないと言われてのことだ。

 それとは別に、山本太郎一派は経済について付け焼き刃で語るから、基礎ができおらず無知が丸見えである。これは前にここでも具体的に指摘したことがある。

 こうなると、芸能人として先が見えてしまったから、その知名度がまだあるうちに、これを利用して政界入りしようと計算したと看做される。これは初期から言われていたことだが、最近の山本太郎一派と他の野党との軋轢がひどいので、なおさら危惧されるのだ。

 

 
 
 
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