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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年6月17日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年6月18日

 「エホバの証人」(ものみの塔)とは何か。

 キリスト教の一種だが、キリスト教の数多い宗派とは違い「異端」と言われている。双璧のようなのが「モルモン教」で、こちらは開祖が神の啓示を受けたと言ってキリスト教の教義を独特な解釈をしているから「異端」と呼ばれるが、それに対しエホバの証人の場合は開祖がキリスト教の聖典の素になっている古文書を独自の研究で解釈している。

 よくWikipediaで「独自研究」と注釈があるけれど、それと同じ扱われ方だ。


 エホバの証人は信者が他の宗教より熱心な傾向にある。

 それで自分の子どもへ信仰の押し付けをして、その程度が甚だしく虐待の水準ではないかと疑われる事例が指摘されている。

 これについて教団は、個々の信者がどうするかまでは関知していないが、教団としては児童虐待を容認していないことを周知したそうだ。

 また、輸血を含めて、どんな治療を受けるかについては、一人一人が自分で決めるべきであることも周知したという。



 エホバの証人は家族円満を説いているし、非暴力主義を標榜している。

 だから子供に体罰など以ての外である。ただ、信者の中には本末転倒の人も当然いるということだろう。

 この非暴力主義は、武道を強要する体育教師のマッチョ願望に抵抗する高校生を生んで話題になったし、戦争反対にも貢献した。死んでも信仰が大事だということで権力者に弾圧されることも恐れない人がいるからだ。

 また、輸血の拒否は教義の曲解だと宗教学者たちから一様に批判されてきたが、しかし信者が騒いだおかげで、リスクなど無視して勝手な輸血をしては被害を出していた医療の現場が説明と同意を重んじるようになった。それまでは悲惨な被害者が何人出ようと、訴訟で倍賞金を何度も払おうと、マスコミに叩かれようと、医学界は「鮭の面に水」「馬の耳に念仏」だった。

 このように、社会に良い影響もある。


 つまり自己決定権の周知があればいい。

 それを超えて、変な考えの団体は取り締まれというのは、もっと危ない。そんなことを叫んでいる人たちの中には業界の利権のために叫んでいる人たちがいる。

 それに、宗教より医師を信じるべきと言う発想も滑稽で、そんなことは正しいと言い得ないし、なにより医師で宗教や心霊に傾倒している人の割合は、おそらく世間一般より高い。このことは拙書『防衛医大…』でも触れたとおりである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年4月16日
  • 読了時間: 2分

 4月8は花祭りであった。

 これは「お釈迦さま」ことゴウタマシッタールタの誕生日とされる。それを「花祭り」「灌仏会」として祝う。

 彼は誕生後すぐに「天上天下唯我独尊」と言ったと伝えられる。その意味は、天の上にも下にも我は唯一の存在であるから尊い(ひいては総ての人それぞれも他に代え難く、それが命というもの)という意味らしく、そう言われてみれば確かにこの解釈の方が宗教的だ。産まれてすぐ立ち上がり喋った、なんていう非現実ではなく、ここから仏教の教義が始まったのだ、ということになる。

 そももそ「私だけが尊重されるべきエライ存在だ」なんて思い上がったことを、お釈迦様ともあろう人が言うわけがない。



 日本で最も親しまれている宗教は仏教であること間違いない。

 ところが、その開祖の生誕を祝う日の意味を知らない日本人は少なくない。これは「葬式仏教」と皮肉られるように、日本では葬式ばかりである影響かもしれない。キリスト教の開祖イエスの誕生日とされる12月25日を知らない人は乏しいのに。

 おそらく、日本人は聖書を読まないから、福音書に記述されている季節の描写からして12月じゃないことが判らず、忘年会の口実を本当にイエスの誕生日だと思っている、という程度のことで、花祭を知らないのも同じ水準ではないだろうか。


 ところで、ゴウタマとイエスは実在したのだろうか。

 いちおう、かつてソビエト連邦で完全な唯物史観による公式の歴史研究でも、実在したとされていた。

 ただ、『資本論』はマルクスという集団ペンネームによるものではないかと言う人たちと同じように、宗教の開祖も『仮面ライダー』など東映テレビドラマの「八手三郎」みたいなものではないかと疑う人たちがいるということだ。

 ちなみに八手三郎が実在すると子供のころに思っていた人は少なくない。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年1月9日
  • 読了時間: 2分

 立憲党の代表が乃木神社に参拝して問題になった。

 ここで泉代表の態度が悪いのは、右翼から支持されたいと言い続けた一環なのに、批判をされたら祀られている人は意識していないと嘘をついたことである。もしも噓でないなら無知であるという指摘もされていた。


 乃木大将は稀に見る無能な指揮官だった。

 もうすっかり有名なことだが、日露戦争において二百三高地の攻防のさい、敵の要塞に突撃しては狙い撃ちされる繰り返しで、大勢の死者を出しては兵士の補充を求め、また相変わらず策も無く無謀な突撃と無駄死にさせては兵員の補充を求める繰り返しだった。この実態を知った大本営が、乃木はバカだと憤り呆れた。

 ところが、後になって明治天皇に殉死したということでプロパガンダに利用された。だから神社も出来たのだ。

 そんな神社に、泉代表は国の先行きについて祈願したというのだから、日本を滅ぼそうとしているとしか思えないが、この種のことで日本の右派が批判することは無い。つまり、神社に参拝することなど、その種の日本人たちにとって実はどうでもいいことなのだ。



 受験で湯島天神に合格祈願するのも同じだ。

 あれは猛勉強しても報われなかった菅原道真を慰める施設である。そこへ合格祈願しても虚しいどころか危険ではないか。しかし、別の意義がある。

 かつて自分が受験生だった時、うちの父親は湯島天神の御守を買って来てやったと恩着せがましく言った。だから家庭教師や予備校やZ会や進研ゼミなどは無用だろうと言う。そんな金のかかることでなく数百円の御守で済ませろということだ。

 これは靖国神社や護国神社と同じだ。戦争の英雄を称賛して遺族に手厚い補償をすると金がかかるが、英霊と称して神社に祀るなら実に安上りである。つまり金が無いのでケチということ。


 ただし泉代表の言い訳にも当たっている部分はある。

 それは、神社に参拝するさい誰が祀られているか意識しないという部分である。たしかに、多くの日本人は、そうである。だから例えば、祀られているのが半島から渡来して日本で死んだ朝鮮人である神社が各地にあるけれど、知らないで参拝している。

 これだから、自民党の政治家たちが統一協会と平気で仲良くしているのも不思議ではない。


 
 
 
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