- 井上靜
- 2024年4月11日
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なぜ十二支にネコがいないのか。
よく語られたのは、一番になったネズミに騙されたという話だが、お釈迦様が死んだとき、みんな悲しんでいるなかで、ネコは自分にとってはどうでもいいことだと言ってシカトを決め込んでいたからだ、という話もある。

十二支なんて意味がない。
そもそも、お釈迦様は動物にとってまったく関係がない。仮に何か関係があったとしても、帝釈天のために「私を食べてください」と火中に飛び込んで死んだウサギより、自分にはカンケーネーと言ったネコの方がまともだ。
何時の時代も、聖人君子なんて存在が世の中に最も害毒を垂れ流している。安藤昌益が指摘したとおり。
非力なら助けを求めて当然である。
ところが、非力なら役に立たないので食料になるため死ぬのが立派という仏教説話が倫理的とされてしまう。そんな社会だから、セーフティネットなど福祉が否定される。あの、生活保護叩きの片山さつき議員は仏教界の支援で当選できるようになった。
前に「糞坊主」の話題を取り上げたが、昔から僧侶は嫌われているもので、その原因は誤解や偏見ではない。
とにかく、十二支のような何かに迎合するのは止そう。
そんなもの全く価値がないのだ。そしてネコのように我関せずを貫くことだ。