top of page

​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年3月13日
  • 読了時間: 2分

 東京大学の五月祭に成田悠輔が招かれた。

 社会のお荷物となる老人は「集団自決」すべきと説いた人。それを東京大学は「今年の五月祭の特別ゲスト第一弾は成田悠輔先生です!東大経済学部卒で、経済学者・データ科学者・事業家として活躍されています。幅広い社会課題の解決に取り組みながら、報道からお笑い、ファッションまで無秩序に活動される先生のご講演は要チェックです」というから、その姿勢が批判された・


 ここで勘違いしている人たちもいた。

 あんな成田悠輔を呼んだ東大を批判するのではなく、東大生に厳しく追及させるべきだと言っている人たちがいた。

 けれど、おそらく三島由紀夫対東大全共闘を念頭においてだろうが、今時どころかとっくの昔に、そんな知性も根性も東大生にはないから東大を買いかぶりだし、成田悠輔と同列にするなんて三島由紀夫に失礼だろう。


 だから、こうも言われていた。

 「東大なら批判的な議論が自然発生して成田の思い通りにはならないはずだ」「成田vs東大の知性が見られるはずだ」みたいな期待感が全く持てないから、あんな奴を呼ぶなという話にもなるのだ。

 つまり東大の知性に対する不信が広がっているのだ。


 「背中のいちょうが泣いている」とは、このこと。



 しかも、東大出の成田悠輔が「高齢者は集団自決」と説いているのに講演に招いて東大も堕ちたと言ってる人たちは、東大出の官僚たちが何十年も前から「障害者なんて地面に並べて戦車で踏み潰すべきだ」などと言ってきた事実を知らないのだろうか。

 単に、歪んだエリート意識と選民思想による差別主義が相変わらずであるだけのことだ。

 
 
 

更新日:2023年10月3日

 左翼は正義である。

 これは語彙からしてのことだ。その語源から、社会を平等にして特権階級を無くそうというのが左翼であり、これに反対して特権階級のある不平等な社会を維持しようとするのが右翼である。

 そうなると、当然ながら左翼が善であり、この妨害をする悪が右翼となる。そう思わないで良いのは封建時代であり、現代ではない。


 これは科学と同じことである。

 もちろん、左翼は科学で、右翼は非科学、という意味もある。左翼は科学を志向し、右翼は宗教に縋る。王侯貴族や特権階級の拠り所は宗教であるし、それは非科学的だから左翼は封建時代の価値観である王侯貴族や特権階級を否定する。

 それ以上に、科学とは、それ自体が正しいものという語彙である。



 アイザックアジモフが言っていた。

 科学者が正しいとは限らないが、科学的でない者が間違っていることは確実である。

 だから科学とは正しいものという語彙であり、正しくないのは科学者などしょせん人間だから間違うということだ。

 つまり、科学が間違っていることはありえず、間違っている場合は科学的な思考に失敗したということである。

 

 言葉の意味がそうだということだ。

 だから、左翼とは社会を良くする正義と同義であり、しかし左翼団体とか左翼団体員とかが正義とは限らないのだ。

 そして、科学と同じように、正義でないなら左翼的な思考に失敗したということである。また、左翼運動が挫折したなら、思考の失敗または実践の失敗である。


 これと近いのが、音楽である。

 その字の通り楽しいものであるというのが定義であるから、楽しくないということはありえない。それなのに音がしていても楽しくないのは、音が好みや気分に合わないか、合ってはいても演奏に失敗などしているからである。


 
 
 

 ジャニーズの件は芸能と性暴力の問題である。

 もちろん、議員などが関係していたら政治的な問題にはなるが、せいぜい権勢に媚びる芸能人の発言が話題に登ったくらいのことだ。

 かつてシティポップスの双璧といえば二人の「ヤマタツ」で、「顔が良いヤマタツ」とは山本達彦のことで、「顔の悪いヤマタツ」とは山下達郎のことだが、悪いほうのヤマタツが顔ではなく商売を気にして醜い言質があったため評判を悪くした。その程度のことである。

実は有力政治家に同性愛で未成年者を好む人がいて、その圧力により有耶無耶にされてきた、という噂なら既にあったものの、これが本当であるという具体的な事実が後から判明したなら話は別だが、今は未だそんなことになっていない。


 ところがネトウヨといわれる人たちが擁護している。

 まったく政治とは関係がないが、それでも強者に擦り寄って弱者を叩く右派の性癖が影響しているのだろう。

 また、ネット上の右翼にとっての判断基準が「左の逆張り」でしかなく、「なにやらジャニーズや山下達郎が左っぽい感じの連中から叩かれているから、おそらくジャニーズや山下は正しいに違いない」と言っているだけだったりする。


 この主体性のない左翼依存症はネトウヨだけではない。

 もっと前から、欧州のアカデミズムに根強く、その最たるはマルクス批判でしか政治経済を語れず実は拠り所にしているという流派である。

 これを日本の西洋かぶれ右派が真似したのだ。京大で大島渚の師匠のちの防衛大学校長-猪木正道とか、電通大でドイツ文学ニーチェ専攻の西尾幹二とか。さすがに猪木正道は、林健太郎と同様に歴史修正主義は厳しく批判したから、やはり京大と東大の矜持があったのだろう。


♪猪木ボンバイエ~防衛大学校ホームページより


 しかし西尾幹二は、日本人の中でも特にアメリカ人から「イエローモンキー」と侮辱される顔の特徴が強いけれど、それでいて大学で文学をかじったからと脱亜入欧した錯覚で西洋の目線から民族差別発言して見せるので、滑稽どころか無様であるが、それでしあわせなのだろう。これは別に高須クリニックで顔を変てもらえとか言う意味ではない。ニーチェ先生のようにエクセホモこの人を見よ、という意味である。


 そういう違いはあっても、依存症はおなじである。

 つまりアカデミズムもネトウヨと変わらない人たちが、マスコミと同様に蟠踞している場所柄なのだ。

 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page