top of page

​炬火 Die Fackel 

更新日:2021年6月24日


 これは一般的にどんな物事に対しても共通するが、解かりやすくするために具体例を挙げて説明する。

 安倍内閣は、自衛隊に敵基地攻撃能力を保有させようと考えている。これに対し、お互いに「やられる前にやれ」では逆に危険があるという批判が出ていて、また自衛の範囲を逸脱しそうで憲法の規定から問題が指摘されている。

 これを報じた朝日新聞に対し、高橋浩祐がツイッターで中傷した。同紙の記事は危険性を指摘しているが、これに対し北朝鮮が「ガンガン」新型ミサイルの開発をしているなどの例を挙げて、日本の防衛をどうするか敵基地攻撃に反対するなら「現実的な代替案」を出せと言う。

 この人は芸能プロに所属するテレビタレントとしてコメンテーターのようなことをしている。

 だから商売で軍拡を煽っていて、そのさい現実性の無い勇ましいことを軽々しく言い散らす「空想的軍国主義者」だが、それにしても安保体制で米軍に庇護されてるという意味で「お釈迦さまの手の上」と喩えて安保どころか『西遊記』を知らないことを露呈させるなど、その無知にはいつも啞然とさせられる。そうでなければ低劣なテレビに出られないのだろう。

 このように、大変つきなみで当を得ていない誤った政治認識を、あたかもシビアな現実であると錯覚し、紋切り型で脅威を煽りながら、軍拡への批判に対して「現実的な対案を出せ」のワンパターン論法は時代遅れである。

 そもそも前提が間違っているのに対案もへったくれもない。「いや、間違ってない」と言うべきところで「現実」だの「対案」だのは反論できない者の逃げだ。

 つまり、ほんとうは、共通の認識に立ったうえで意見は異なる場合に、批判ではなく対案でないと建設的な議論にならないと言うものなのに、この前提を欠いておいて、批判されたら対案を出せというのでは、自分の主張に根拠が乏しいことを事実上認めながら話をすりかえて誤魔化す行為で、議論のイロハも知らない人のすること。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2020年6月12日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年6月24日


 先日、月刊誌上に、毎日新聞の予防注射推進大キャンペーンの不可解さを問題にする記事を発表した。

 これは、最近なぜか同新聞が異常なほどの情熱を注いでいて、しかも中身は真面目な医療記事には程遠いものである。これでは、医薬品をどう評価するかという次元の議論ではない、という趣旨であった。


 このさい、どうも最近の毎日新聞は堕落しているという指摘があることを紹介した。本来の報道ではなく、他の商売で稼ぎ、この商売のために取引相手に迎合する報道をしている。

 その最たるは、創価学会から機関紙の印刷を請け負う商売をしているため、紙面が政権寄りになっていることである。

 だから製薬会社から広告をもらいたくて予防注射の大キャンペーンをしているのではないか。そう勘繰られても当然な紙面である。

 また、今では維新の会を持ち上げているのも露骨で、これでは提灯記事どころか選挙公報をそのまま記事にしてしまったというべき酷さである。

 そして維新の会は議員が予防注射の宣伝に一役買ってもいる。このところ、マスコミの維新贔屓は厳く批判されているが、これは維新が政治的に一部の企業の利益を図る見返りに大企業がマスメディアにスポンサーとして金を出して維新贔屓の垂れ流し放送や紙面をさせる、という構造ではないか。

 そういう疑念を抱いていたが、毎日新聞の場合、発行部数が公称二百八十万部という低迷どころか経営危機の状態で、このため五十代の社員に退職を勧告しているそうだ。

 いくらなんでも、働き盛りのベテランがいなくなれば、まともな新聞など作れなくなって当たり前であるから、やってはいけないことだ。しかし切羽詰まったからやってしまった。そして、やってはいけないことのついでにスポンサーのため報道に見せかけた広告をする粗悪な紙面になった、と考えるのが自然である。

 毎日新聞は終わったとみるべきだ。


 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page