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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年10月25日
  • 読了時間: 2分

 よく、マスコミで、与党を批判すると同時に「野党がだらしない」と言う人がいる。

 これは両方腐して見せる処世術だと指摘されているが、その源流は80年代にある。あのころ、マスコミでは「共産党を除く」が「野党」の枕詞であった。「共産党を除く野党」は、口先では政権与党を批判して見せるが、地方の首長選挙では相乗りするし、国政では連立したがり、要するに与党の旨味に便乗したいだけだった。だから「野党がだらしない」と言われたのだ。



 それで、最初は共産党を除け者と見ていた有権者の見方が次第に変化した。

 これでマスコミが焦ったのだ。共産党は節を曲げないから除け者になっているけれど、それは立派なことではないかと、有権者が評価するようになってしまった。そうではなくなる報道をしなければ商売にならない。マスコミは、市民の代弁者として支持されるより、大企業から金をもらう方が優先である。こんなことは言うまでもない当たり前のことである。


 それで言い出したのは「二大政党制」である。

 米国や財界の言いなり政治は悪いと主張する共産党のような政党を排除すべきで、そうするには自民党の亜流である保守政党と二大政党でなければいけないから、そう仕向けるために良いのは小選挙区制だと大キャンペーンを張った。だらしない野党が自民党と馴れ合いしているのではなく、自民党と同じ政策の他党とで政権交代している、ということにすればいい、というわけだ。


 しかし小選挙区制にしても二大政党にはならなかった。

 もともと日本の政治情勢からして、土台無理なことだった。ここでマスコミは責任転嫁するために「野党がだらしない」を再開したのだ。前と違うのは、有権者からの批判ではなく、マスコミが有権者を誘導するために率先していることだ。

 なんとも劣悪な商売である。だから、だらしないのは野党ではなくマスコミの方である。


 
 
 

 中選挙区制は、日本人の政治的な民意を国会によく反映させていた。日本の政治情勢と合っていたからだ。

 今にして思えばそうだったという人もいるが、元々その指摘は多くの人がしていたはずだ。それをマスコミが大キャンペーンを張って否定し、小選挙区制度の実現に向けたプロパガンダを大々的に展開したのだった。

 その中心がテレビ朝日であり、特に血眼だったのが『ニュースステーション』だった。外国のテレビ報道番組から「日本のテレビで最も人気があるニュースショー」と言われているくらいだったから、影響力は絶大だった。


 それは反自民を偽装しながら日本を右に牽引・誘導するものだった。

 だから自民党は単に用済み・お払い箱の危機感から反感を抱いただけで、また週刊文春などの右派メディアは朝日攻撃していたけれど上辺だけで、これらも実は全部グルだったのではないかと当時から疑う人たちはいたのだ。そろそろ政権交代するべきだと言いながら、限界に達した自民党の亜流である第二自民党が必要だという話にもっていくのが露骨だったからだ。


 この中心となっていた『ニュースステーション』は連日のように「政治学者」を出して異常な論調を垂れ流し続けていた。

 もともと指摘されていた小選挙区制の最大の問題点である「死に票」について、これを肯定し、政権に就かない野党は「死に議席」だから無駄であるとまで言ってのけ、多様な意見の代表者を民意の数と合った割合で国会に送ることを全否定したのだ。

 しかも、特徴の違う政党が交代で政権を担うのではなく、殆ど同じ政策の保守政党で政権交代し、そうでない他の政党は排除すべきで、なぜなら平和だの福祉だのと無用な政策を重視する政党は邪魔ということなのだ。日本は世界一豊かな国だから、その利益を守るためには戦争をするべきだし、社会の弱者を助ける必要などないのだから。



 これは当時「バブル」といわれる泡沫経済の時代だったからだ。

 しばらくしたら泡が破れて中身が空であることが誰にでも実感されたけれど、しかし当時の『ニュースステーション』は、例えば東大を出て東京銀行に勤務していたというオジサンがレギュラー出演して恒例の「夜桜中継」とかサントリーホールのコンサート紹介とかしながら「桜を見てクラシックを聴いて、私たち日本人は豊かになったんでしゅねえ~」と言うなどのバブル酔っ払い企画の連続だった。

 これと並行しての平和や福祉を否定するキャンペーンだった。


 結局、小選挙区制になっても二大政党は実現しなかった。

 そして のちに桜は安倍晋三総理、コンサートは小泉純一郎総理、福祉無用は片山さつき議員、というように『ニュースステーション』は自民党の中枢に引き継がれたのであった。


 
 
 

 自民党支持者や党員も含む極めて保守的な人たちから、よく話を聴くとハッキリ言う。「共産主義」の印象が良くないのはマスメディアの宣伝に過ぎない、と。

 

 いつもネトウヨ的発言ばかりの八木という弁護士がテレビで、共産党の綱領に存在しない内容を捏造して同党を誹謗したり、玉川というコメンテーターがテレビで共産党の志位委員長に対して面と向かって失礼なことを言って司会者から注意されたり、さらに連合の会長になった女性がカメラの前で、共産党について有り得ない仮定に基づいて妄想を述べたり、というように最近は連続的だが、これは選挙が近づいているからだ。

 しかし、その前から常々マスメディアは、共産党・共産主義をイメージとして貶めることに血眼である。


 だから、自民党の党員・支持者も含めた保守的な人たちでさえ、世間一般に流布されている共産主義の悪い印象はマスメディア製の非現実であると認識しているのも当然のことだ。

 そして同時に保守的な人たちは言うものだ。共産主義の目指す平等その他の色々な理想は現代において当たり前のことで、ただ共産主義じゃなくても実現できると考えるから、その努力をすればいい。その方が実現は早いと多くの人が解れば、共産主義に賛同する人はどんどん減る。なにもことさら反対の声をあげる必要はない。むしろヒステリックな反対は逆効果だ。



 それなのにマスメディアは、やっている。

 このさいマスメディアは、スポンサーである大企業の意向であるように装う。しかし、一部の狂信的な経営者を別にすれば、反共攻撃なんてことは余計で無駄だと解っていないはずがない。しかしマスメディアの方から、やってやるから金をくれというようなことを言ってくるのだろう。

 もともと企業には、労働運動に共産党が入り込むことを防ぐべきだと言って、管理職むけの反共セミナーをしようと持ち掛ける「労務屋」が来るものだ。こんな下らないことで労務管理がうまくいくと思う人は、少なくとも有能な経営者の中にはいない。しかし、そう言ってくる連中は「総会屋」と同じヤクザ者だから、断ると嫌がらせされるなど厄介なので、仕方なく付き合って端金をやってお引き取り願う。

 これと同じような図式なのが、マスメディアとの関係である。つまりマスメディアは実質的にヤクザ者である。


 もちろん、ヤクザに頼る者は、政治家・経営者にいるし、ヤクザの垂れ流す噂を真に受ける庶民党もいる。

 ただし、そういう人たちは極めて無能である。無能だから頼る。論外の連中ということだ。


 


 
 
 
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