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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年9月7日
  • 読了時間: 2分

 殺人事件の犯人が善良な人だったから人間の闇を見た、と言っている人がいた。

 けれど、金目当ての殺人事件を起こして10年くらい刑務所に入った人を直接に知っているが、この人はとても良い人で、あくまで昔一度過ちを犯したに過ぎないし、色々な事情から追い込まれてのことだったから、他の事件にしても、そんな人間の闇というほど深いものがあるのかと疑問である。


 また、逆に身に覚えのない犯罪により逮捕されたとか刑務所に入れられたとかで、それは偏見のためだったということが、よくある。

 けれど、その偏見の原因が過激派団体に入っていたからである人は例外なく、冤罪でも構わないから豚箱にぶち込んで一生出すなと誰でも思うほど嫌な奴であるもので、これについて過去に過激派団体に入っていた人に聞いたら「ああ、もともとも党派とかセクトとか言われるところにいる人には、嫌な奴が多いからな」と言った。



 だから、刑罰なんてものが社会のため本当に必要なのか疑問である。

 もともと刑罰は、宗教の影響により社会に制度が作られたものだから、とっくの昔に否定されているべきものだ。そもそも「罪」というのが宗教的であるから、法で「罰」により罪を償わせるという発想に無理がある。

 おそらく、いずれは刑法というもの自体が否定されるだろう。もちろん、その前に宗教が今より完全に否定されてからだろうが。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年8月18日
  • 読了時間: 3分

 「メンタリスト」がYouTubeで差別発言したことについて、米山もと新潟県知事は、社会に必要な人と不要な人と言っている人の肩書「メンタリスト」こそ、社会に必要なのか疑問だとしたうえで、自分で資格を持つ弁護士だって果たして社会に必要か疑問があるとTwitterで指摘していた。


 前に法律相談をした弁護士の女性がひどい無知で、それが一般常識はもちろん、それ以上に法律的にも御粗末だった。

 この人はベテランそうでいて、チマチマした手続きを代行するのが主な仕事らしく、丁々発止とやり合う仕事は体験が無いようだった。その時は呆れたが、そんな弁護士はザラにいるので、怒っても仕方ないと諦めた。

 こんなヘボ弁護士を雇うのは無駄どころか有害であることはもちろんだが、ここまでヘボでなければ自分より無知でも客観性という点で有益ではある。


 かつて話題になった『フィラデルフィア』というハリウッド映画で、主人公の弁護士は、差別で不当に解雇されたと元勤務先の大手法律事務所を訴えるさい、個人事務所で庶民的な案件ばかり扱う弁護士を雇う。相手が大きくて差別問題もからむため他に引き受ける弁護士が居なかったからだが、しかしキャリア的に格下の弁護士でも、客観性が必要だからだ。

 これと同じで、訴えられた大手法律事務所も、大勢の弁護士が所属しているのに、他の法律事務所から優秀な弁護士を雇う。

 そして法廷で原告は、HIV感染のため解雇されたと主張し、これに対して被告の法律事務所は、感染には気づいていなかったと反論する。ここで、病気であることは皮膚を見れば症状が現れているからハッキリ判るから、証人席でシャツを脱いで見せることになる。



 すると、メアリースティーンバーゲン扮する被告側の聡明そうな女性弁護士が「異議あり!陪審員に予断と先入観を持たせることです」と言うと、デンゼルワシントン扮する被告側の庶民的な弁護士が「では、車椅子の証人だったら、陪審員に予断と先入観を持たせるから車椅子から降りろと言いますか!」と反論し、この反論が裁判官に認められてトムハンクス扮する主人公がシャツを脱ぐと、ひどい発疹であったから法廷内の誰もがビックリして、これで気づかなかったなんて空々しい弁解だと陪審員は思う。

 これは法廷ドラマそれもハリウッド映画だから、アカデミー賞スターたちの熱演によって劇的すぎる展開となる場面だが、それを差し引いて、客観性の大切さが解るというものだ。


 例えば、普通にある日本の裁判でも、調書に明確に残すべきことは、反対尋問では誘導が許されているので、弁護士が「これは~の意味ですね」と質問し、原告または被告が「はい」と言うなど、そんなやり取りをするものだ。

 だから、客観性ということで弁護士がいた方が良い場合がある。そうでなければ弁護士は不要である。つまり、弁護士を雇う時は、その知識は大事だが、それ以上に、一歩引いた客観視と、それに基づき気を利かせられるか、ということが肝要である。



 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年7月12日
  • 読了時間: 2分

 ネコがネズミを怖がるのは漫画にはよくあって、日本ではドラえもんが代表格だけど、外国のアニメ映画が日本で放送されるとそこにも時々出てくる。

 もともとネコを飼うのはネズミを退治するためだったが、それなのにネコがネズミを怖がっていては笑ってしまう。ところが笑ってばかりもいられないのは、弁護士が権力を怖がることだ。弁護士の責務として最も重要なのは権力と闘うことなのだから。



 これは、慎重になっているのとは違う。

 もちろん、刑事に詳しくない弁護士は多く、そのため「責任をもって相談に乗ることができないので、他の弁護士を当って欲しい」と率直に言う弁護士がいる一方で、何でも知っているオールマイティのふりで見栄を張り口から出まかせでいいかげんなことを言う弁護士もいる。

 また、「人権派と言われる人は問題にするだろうか、私は人権派ではないから問題だと思わない」と率直に言う人もいる一方で、自分の人権意識がオソマツであることを誤魔化そうとしてデタラメを言う弁護士もいる。


 そういう、いいかげんとかデタラメとかが酷すぎるので「こんなことも解らないようでは弁護士を廃業するべきだ。即刻、弁護士会に退会届を出せ」の水準にある無知や無見識の弁護士はザラにいる。

 ただ、実際そうであるか否かとは別に、そんな態度を取る弁護士の多くが、実は権力が怖いのだ。特に、警察を敵に回すのは何としてでも避けたい。もしも自動車の運転をしている時に警察の嫌がらせで身に覚えのない交通違反の濡れ衣を着せられたら、電話の盗聴をされて不倫が発覚したら、などなど、実際にそうした弾圧は過去にあったから被害妄想とばかりも言えないけれど、いちいち心配していたら世の中を渡ってはいけないし、まして弁護士なんてやっていられないじゃないか、という情けない実態なのだ。


 これは、金にしか関心がないとか、家庭争議のような仕事ばかりしているとか、そんな弁護士だけのことではなく、表向きは反権力を標榜している人権派とかリベラル派とか左派とかの人であっても、結構、情けない。

 だから、自分は詳しくないと言えば済むところを、警察は悪くないと言い、その法的な根拠について具体的な説明が無い場合は、その弁護士が権力を怖がり逃げているのだ。


 もしも法律相談をするなら、このことを念頭に置いておくことだ。

 
 
 
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