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​炬火 Die Fackel 

更新日:2022年5月21日

 かつては弁護士も言っていた。

 裁判所に書面を提出するさい適切な助言をしてもらえるから、書記官とは仲良くしておいたほうが良いと。

 たしかに、そうだった。


 ところが最近は違う。

 どうでもいい形式で難癖を付けて、偉そうにする。

 これに関しては、女性の書記官が増えてきてからだ。それで若い女性が優越感を剥き出しにする。せいぜい、杓子定規で融通が効かないくらいにしか受け取ってもらえないのに、細かいことに気づいて拘る自分は何てエライのだろうという思い上がりが顔つきと態度に現れている。しかし、実際の訴訟では何の意味もない。

 これについて、前に具体的な例を挙げている。



 また、ひどい時は、後から電話をかけてきてケチをつける。

 やはりどうでもいいことで、その一か所に訂正印を押すだけのために遠路はるばる裁判所に平日の昼間に来いと言う。それは間違いではなく考えがあってのことだと説明しても理解できない。裁判の当事者は、それだけやっていて給料をもらっている職員とは違う。これを考えてない。というより自分は勝ち組だと思い上がっているから、負け組である裁判当事者など見下しているのだ。


 まえに東京地方裁判所では、書式も法的問題もないのに、西暦で書いてあるのがケシカランから元号に訂正するため立川まで来いと電話で文句を言った書記官がいた。

 この書記官が右翼だったからであれば、まだ可愛いと思えるけれど、そうではなくクレームを付けたかっただけで、何でもいいから利用してやろうということだから、そうなると憎たらしい。


 これについて何人かの弁護士と法律事務所の事務員に訊いてみた。

 それによると、なんとも言えないが、書記官に不愉快だったなんて話は、だいたい立川の裁判所でのことだと聞くから、そんな人が何人か溜まっているせいではないか、だった。

 そうかもしれないと思わされる結構な量の事例があるけれど、そうでなくても、もう書記官というものは不要というより有害無益な存在で税金の無駄づかいどころか訴訟の妨げにしかなっていないから、廃止するべきである。

 それを言ったら、廃止すべきは司法委員の方が先だと言う弁護士もいるけれど。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年5月3日
  • 読了時間: 2分

 各マスコミが憲法改正や緊急事態条項の新設について世論調査を発表した。

 すでに指摘されているように、質問にさいして「ウクライナ戦争」「大規模災害」などのバイアスを巧妙に仕掛けており、非常に誘導性が高いものとなっていて、それは政府与党の屁理屈をマスコミがそのまま使用したものである。

 そのうえで、ついに改憲論者が国民の多数派になったとか、改憲派(与党側)に国会で多数派となって欲しいと有権者は期待していると、もう完全に政府与党の選挙公報をマスコミが担っている。



 戦後の憲法は「軍隊」を否定した。

 これは正確にいうと「天皇の軍隊」である。だから自衛隊ではなく軍隊にするため天皇を廃止して共和制にするなら世界からも受け容れられて問題ないと指摘されてきたが、そこをいいかげんにして憲法議論ごっこしているのが自民党とマスコミである。


 ただし、もともと日本に憲法も法律も存在しないも同然である。

 だから政権与党もマスコミも無法のし放題なのだ。裁判の判決文のなかで堂々と「法律ではそうなっているが、この場合は公的機関(または上級国民)のために法律を無視する」という文言が横行している。そういう判決文を前に何度も紹介したことだし、それで弁護士もやる気が無かったり不真面目だったりしていると指摘もしたので、ここを訪問している方々にはもうお解りだろう。


 なぜ、そこまでひどいのか。

 一つには、気づいていない人や、絶望的な気持ちになるから無視している人がいるからだが、そうでもしてないと正気を保てない人に無理強いしては気の毒である。

 それで、他人に期待しないで自分が努力することだ。そうして孤独な戦いをしてる人のそばにこそ、人も幸運も近寄って来るものだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年5月2日
  • 読了時間: 2分

 ある弁護士が、弁護士による犯罪の頻発について語っていた。

 それは某サイトでのことだった。弁護士になると、若い人でも経験が乏しくても「先生」と呼ばれ、住民票の照会などプライバシー侵害になることを調査する特権が与えられるけれど、それでいて、充分な収入がある人ばかりかというと商売はなかなか厳しく、たくさん勉強して資格を取得しても貧乏である人も珍しくない。

 そんな中で、犯罪に手を染める人が出るというわけだ。



 これは昔から言われてきたことだ。

 ただし、これではアメリカで「アンビュランス-チェイサー」(救急車を追いかける者)と言われるように、売れない弁護士が商売のネタを求めて紛争のある場所に出没するというのと同じ原因になってしまう。しかし、これと日本の司法の実態とでは事情が異なる。


 ハリウッド映画の法廷ドラマで「アンビュランス-チェイサー」を戸田奈津子が字幕スーパーで「三百代言」にしていたので失笑させられた。

 その映画でも、仕事が無くてなりふり構わず揉め事を探し回る弁護士のことを言っていた。しかし「三百代言」とは封建時代に「お上」に対し三百語だけ申し開きが許されていたので、それを上手に言うため代わりに言う仕事があり、そこから転じて言い訳とか弁解とかを商売にしているという弁護士を貶める言葉になった。

 それなのに、戸田奈津子の毎度いい加減である。文字数が限られているのを上手に意訳することが映画の字幕スーパーの仕事だという彼女は、だからと意味が全然違ってはいけないということを解っていない。これだから「誤訳の女王」と呼ばれる。


 また、日本の場合ただ売れない弁護士が悪事に手を出すのとは違う。

 なぜなら、日本の司法は不公正であり、社会的地位による依怙贔屓が横行していて「法の下の平等」が無いし「司法権の独立」も「裁判官の独立性」も有名無実だから、そんな中で商売が上手の人と下手な人というのは当然に公正な競争・競合の結果ではない。日本の弁護士は実力主義になっていないのだ。

 だから、売れない人で金に困っている弁護士は、悪事に手を出すのである。どうせ、儲かっている弁護士なんてえげつないことしているのだから自分だって、というわけだ。

 そこに触れずに弁護士の犯罪を説くのでは、戸田奈津子の誤訳と同じである。

 もっとも、弁護士の立場からすると、それは口が裂けても言えないことなのだろう。


 
 
 
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